#21 不可思議な薄墨
「どういうことなんですかねィ」
「俺が知るかよ」
「見間違いなんじゃ?」
「……それはねェな」
図面をテーブルに置いて視線を向けてくる沖田に、土方はかぶりを振ってそう否定した。
あの場にあったのが死体だけなら、沖田の言葉に頷けたかもしれないが、その場所には
近藤が居たのだ。
そして、自分はそこから近藤と共にあそこを出たのだ。
これで見間違いというのは有り得ないだろう。
そう説明すると、沖田がひょいを肩を竦める。
「それじゃ、処理班の不手際で図面のチェックを怠ったか、
それとも見分の奴らが回ってくる前に、うっかり死体を処分しちまったか」
「いくらなんでもそこまで杜撰な真似はしねーだろ。
そんないい加減な仕事する奴ァ切腹モンだぞ」
「……ここらで妥協しといた方が良いと思いますがねィ」
「どういう意味だよ」
懐から2本目の煙草を取り出しながら、土方が訝しげに眉を寄せる。
だって、と沖田は両目を瞬かせた。
「でねェと土方さんの苦手な怖ェ話になっちまいやすぜ?」
「何だよ、そりゃ」
「つまり、」
こういう形式ばったものは、大体が手順通りに進められる。
沖田の記憶に間違いが無いのであれば、まずは現場写真を撮り、それから現場検証を
行い全ての情報をデータとして収め、最後に処理班が死体を処分していく。
「つまり……この写真が撮られた後、見取り図にチェックが入れられる前に
この死体はひとりでにどっかへ忽然と消えちまったことになりまさァ」
「…………。」
「さて、コイツは何処へ消えたんでしょうねィ?」
「………もういい。」
ポツリと気味悪そうに表情を顰めたままで言うと、土方は煙草に火をつける。
「もしかしたらコイツが化けてなんか悪さを」
「もういいつってんだろーがァァァ!!」
持っていた書類をばしんとテーブルに叩きつけながら土方が怒鳴るのを、沖田は
表情も変えずにじっと見上げた。
「……でも、もし……ですがね」
「あァ?
もういいぞ、ホラーなネタはもういいからな!?」
「分かってまさァ。
もし、コイツが……近藤さんがおかしくなった原因に関係があるんだとすれば、
確認はしといた方がイイと思いますがねィ?」
「それは………分かってるさ。
山崎を呼べ、ウラを取らせる」
「へーい」
土方の言葉に沖田が懐から携帯電話を取り出して山崎へと連絡を入れる、
その様子を眺めながら土方は憂鬱な吐息を零した。
確かに沖田の言う通り、あの場で近藤を捕まえられなかったのは正直痛い。
とはいえ、まだ物事は水面下で動いているだけの状態だ、きっとこの先いくらでも
チャンスはあるに違いない、そう信じてはいる。
と、土方はふと何かを思い立ってまだ吸いかけだった煙草を灰皿へと押し付け
揉み消すとソファから立ち上がった。
「総悟、この件はお前に任せていいか?」
「はァ、そりゃ構いやせんが……死にぞこないはどうするつもりで?」
「誰が死にぞこないだ、誰が」
「そりゃ勿論土方さんで」
「お前そこはもうちょっと濁すとか誤魔化すとかしろよ。
ナチュラルに答えんなよ、ムカつくから。
俺は、ちょっと出て来る」
「………屯所に行ったって誰もいやせんし、もう近藤さんも居ませんぜィ?」
「俺はまだ、餌ァ撒いてねぇからな」
「は?」
ぽつりと零した土方の言葉に、沖田はわけが分からないと眉を顰める。
だが彼はそれ以上何も説明しないままで、いつの間に持ってこさせていたのやら
自分の隊服に着替えると、少し急ぎ足で万事屋を出て行った。
足音が遠ざかって行くのを肩を竦めて見遣っている沖田の後ろから、和室の襖が
開いて、此処で一番の早起きらしい新八が瞼を擦りながらやってきた。
「……おはようございます、沖田さん」
「もうそんな時間ですかィ」
「ああ、また徹夜なんですか。大変ですね」
「夜通し起きてるのなんざ、もう慣れっこでィ」
新八の言葉にそう返しながら、沖田はテーブルの上の資料を纏め始めた。
情報漏洩を避けなければというのもあるが、あの写真の類はこの少年に刺激が
強かろう。
「僕もう起きますから、沖田さんは少し休んで下さいよ。
まだ銀さんも戻って来てないし、帰って来たら来たであの人煩いですし」
「すごい言われようじゃねェか、万事屋の旦那も」
「あははは」
神楽ちゃんも起きてきたら煩いから朝ご飯用意しちゃいますね、と新八はその足で
台所へと足を向ける。
そこで改めて気付いたように、くるりと振り返って大きな瞳を瞬かせた。
「そういえば、土方さんは何処へ行ったんですか?」
「ああ、土方のヤローは、ちょっと、」
とんとん、と資料の角を揃えて書類封筒の中へ入れると、沖田は大きく伸びをした。
「ちょっと、釣りにね」
起き出してきた神楽と沖田が一戦交えようとしていた頃、ちょうど朝ご飯が
出来たからと新八が仲裁に入り、同じ頃に銀時と、そして途中で一緒になったらしい
山崎が連れ立って戻って来た。
まったく、上手いことできている。
神楽がテレビに齧りついて朝のワイドショー見始めた頃、新八が朝食の後片付けを
しているところを見計らって沖田は山崎に土方から言われた指示を出した。
写真を一枚手渡すと、山崎が「うわ…」と何とも言えない声を漏らす。
「あの時処理班を担当してた奴らと接触して、この死体を処理したモンがいるか
確認してきてくれってさ」
「えー…誰かも分からないのに?」
「だから、全員に聞いてこいってんだよコノヤロー」
「うへェ……人遣い荒いなぁ……分かりましたよ」
「そんじゃ、俺は一休みとすらァ」
銀時は朝ご飯を食べた直後に布団へと直行している。
どうやら彼も夜通し近藤を捜してくれていたらしい。
お疲れ様です、という山崎の言葉におゥ、と返して沖田は肩をこきりと鳴らしながら
和室の方へと引っ込んでいった。
−続−
ただの事件で済めば、いいけど。