#20 焼き付く赤

 

 

 

 

 

一度は接触に成功したものの、結局逃がしてしまう事になってしまった旨を
万事屋に戻った沖田は仏頂面のままで土方へと報告した。
最後まで黙ったまま聞いていた土方は、そうか、と一言呟いたきりで
懐から煙草を取り出して口に咥える。
「………あそこで捕まえるのが一番だったんですがねィ」
「そうだな」
「イキナリ邪魔が入ったせいで、全部が水の泡でさァ」
「そうだな」
「……アンタ、さっきからずっとそればっかりじゃないですか。
 もうちょっと……」
どこか上の空で返事をする土方に不満な様子を隠さないままで、沖田が正面に
ある顔をじと、と睨みつける。
だが、土方の目は沖田の方を向いてはいなかった。
「……なんですかい、コレ?」
「以前、攘夷一派を潰した時の資料だ。
 山崎に持ってこさせた」
「攘夷一派を潰したって……」
「ホラ、前にあったろ?包囲して突っ込む直前に違うグループが
 出てきて難儀した事あったじゃねェか」
「……ああ、そういえば」
ありやしたねィ、そう頷いて沖田もテーブルの上に投げ出されてあった
資料の束を手に取る。
「けど、それがどうかしたんですかィ?
 あの時のはもう見分も済ませて報告書も作ったじゃありやせんか。
 こんなもの、いまさら…」
「近藤さんがな、」
パラパラと紙の束を無造作に捲りながら呟く沖田が、その土方の言葉に
視線を持ち上げた。

 

 

「近藤さんがおかしくなっちまったのは、多分あの時だ」

 

 

一時は時の流れで風化しつつあった記憶だが、こういう事態に陥って
今更ながらに鮮明に思い出せる。
あの時の近藤の狂気じみた目は、自分の背筋を凍らせるに十分だった。
「何があったかが分かればイイと思ったんだが…」
あれだけ大きな捕り物になると、資料といってもそれは膨大なものだ。
探すとしてもさすがにそうそう上手くはいかないのだろう。
「うえ……写真もあるんですかィ、悪趣味なこって」
資料の中にはあの時犠牲になった攘夷志士達の写真が、一枚ずつ撮られている。
親類縁者が同じく攘夷を唱えているという事はよくあって、そういう時は
こういう写真が時折役に立つのだ。
嫌なものでも見たかのような表情で沖田が写真をテーブルに放る。
それを何気無く目で追って、そういえば、と思い立ったように土方は
写真を手に取って捲り始めた。
あの時の光景は今でも覚えている、近藤もだが、こめかみを一突きにされて
息絶えていた相手もだ。
一枚ずつ放るようにテーブルに投げていた土方が、6枚目で手を止めた。
「見つけた、コイツだ……」
「どれどれ?」
一緒になって覗き込んでくる沖田が、こりゃ酷い、と吐き捨てる。
こめかみを一突き、だがよく見れば首が真横に斬られていて文字通り皮一枚で
繋がっているという状態だ。
「コイツ、何処で死んでたヤツですかィ?」
「一階奥にある階段の脇だ、廊下の突き当たりだな」
「へェ…」
土方の答えに沖田は相槌を零してあの建屋の見取り図を広げた。
あちこちに赤でマルとバツがついている、数は圧倒的にバツが多い。
バツは攘夷志士の死体があったところ、そしてマルは犠牲になった真選組隊士の
遺体があったところだ。
階段脇…と沖田が目を向けて、アレ、と声を上げる。
「土方さん、そんなモンどこにもありやせんぜィ?」
「………なに?」
「階段脇っていやァ、此処でしょう?
 ホラ、そんなモン何処にも……」
見取り図を土方にも見えるように向けて沖田が言う、確かにその場所に
印は何も見当たらなかった。

 

 

(そりゃねェだろ………だって、俺ァあん時確かに……)

 

 

確かに見たのだ、あの光景を。

 

 

 

 

 

 

 

−続−

 

 

 

 

 

 

 

パズルのピースは、まだ揃わない。