#19 触れる深紅
2対1なら何とかなるかもしれない、最初は九兵衛の出現を有り難いと思っては
いなかった沖田だが、剣を交えて改めてその強さ、剣技の鋭さを目の当たりにし、
味方につけると心強いもんだと考えを改めた。
事実、闘争本能の塊と化した近藤を、仕留めるならまだしも捕えようというのだ、
自分一人ではどうにもならなかっただろう。
腕一本、もしくは足一本でも奪えたら。
脳裏を僅かに掠めた考えは、己の判断の下即座に却下した。
この近藤が本物か偽物かなど関係無い、その相手にほんの少しでも近藤勲という
人間を感じさせる部分があるのなら、沖田にはもう相手を傷つけることなど
できないのだ。
「あの手から刀を離させる事ができれば、飛び掛かるなりなんなりで
取り押さえることは可能なんですがねィ」
「………やってみよう」
そう言いはしたが、2,3度剣を交えて九兵衛は理解していた。
それがどれだけ難しい事なのかを。
どちらかと言えば自分も沖田も力ではなく速さで攻めるタイプだ。
それこそ片腕なり片足なり傷つけて良いのであればまた話は変わってくるのに、
沖田はそれを頑として許さなかった。
数メートルの間を開けて、人気の無い屯所前の道を2人と1人は向かい合って
対峙する。
数では有利なはずなのに何処か、こちらが押し負けていると感じるのは
近藤から感じるその気迫からか。
(そもそも、どうして屯所に人の気配が無いのだ…?)
九兵衛からしてみれば、疑問ばかりが先に立つ。
だがそれを問い質して良い状況とは思えなかったし、何より。
(どうして、彼らが……)
お妙が絡んでのいざこざで、そしてその後も、何度か彼ら真選組の
トップ3人とは顔を合わせた事がある。
誰よりも何よりも近藤という人間を第一に考える土方と沖田もだが、
普段は口を開けば第一声が「お妙さん」な近藤が、何かあるとまず真っ先に
彼ら2人を気遣う、そんな姿を何度も見てきた。
顔を合わせる事自体そうしょっちゅうというわけでもないのに、である。
それだけで、彼らの中にある絆が如何ほどのものか計れるというものだ。
だからこそ腑に落ちない。
こうして、刀を抜いた形で向き合っているということが。
木刀でも竹刀でもない、真剣であるこれは、間違い無く殺し合いだ。
「九ちゃん!!」
突然かけられた声に、九兵衛はビクリと肩を揺らして目を見開いた。
隣で沖田が舌打ちを零す。なんてタイミングだと。
近藤を挟んで通りの向こうから駆けて来る姿は、やはり志村妙であった。
「妙ちゃん!来ちゃいけない!!」
「……えッ、」
投げた九兵衛の鋭い声音に、驚いたお妙がそこで足を止めた。
「最悪だぜィ……シャレになんねぇな」
「どうして来たんだ、妙ちゃん!?」
「だ、だって、九ちゃんが急にあんな顔して出て行くから……、
気になったのよ」
「だからって……」
口を開いて尚も言い募ろうとした九兵衛が、表情を強張らせる。
近藤がお妙の方へと目を向けていたからだ。
どこかおかしいこの男が、しかも刀を抜いた状態で、普段のような調子で
お妙に向かっていくとはとてもではないが思えない。
「妙ちゃん、逃げるんだ!!」
「………九ちゃん?」
「…クソ、めんどくせぇ事になっちまった!!」
もはやのんびりはしていられないと、沖田と九兵衛が揃って近藤へ向かって走り出す。
だが、それよりも早く近藤は動き出していた。
その身は軽い動きで翻り、彼らに背を向ける形で真っ直ぐお妙の方へと。
「妙ちゃん、早く逃げろ!!」
「あら……近藤さん?
行方不明になってたんじゃ……」
「妙ちゃん!!」
必死の呼びかけも、事情を知らないお妙には届かなかったらしい。
間に合わねェか、と小さく呟く沖田に冗談じゃないと唇を噛んだ。
守るって決めたのに、こんな目の前で奪われてたまるものか、と。
だが。
「!?」
近藤はそのままお妙の横を擦り抜けるようにして、通りの向こうへと駆けて行く。
まるでそこにお妙が居ることなど、全く気にも留めていない様子で。
驚いた2人が足を止めた事で近藤は闇に紛れ見えなくなり、結局は見失ってしまった。
すぐに我に返った沖田が少し先まで捜しに行ったが、間も無く肩を落として
戻って来たところを見ると、近藤は見つからなかったのだろう。
「………妙ちゃん」
「九ちゃん………あの人、」
近藤が消えていった方向へ目を向けたままで、お妙がぎゅっと強く拳を握り締めた。
どうして、どうしてなのだろうか。
「あの人、一度も私の方を見なかったわ」
それがどうしてこんなに悔しいのか、お妙には分からなかった。
−続−
逃がした獲物は、あまりにも大きい。