#18 佇む琥珀

 

 

 

 

 

ガキッ、と刀身同士にしては些か鈍い音を立てながら、二人の剣は真っ向から
ぶつかり合う。
竹刀や木刀とは違い、真剣であるが故に相手の一撃が即致命傷になりかねないこの勝負、
押し負けた方が圧倒的不利だ。
だが、もう何合打ち合っただろうか、基本の体力と持久力が違う2人では、
どう考えても沖田の方が分が悪い。
「…………そろそろ話してくれる気には、なりやせんかィ?」
「お前に話す事なんてねェな」
「そうですかい、ッと」
ふいに刀の重心が横にずらされて、競り合っていた刃が嫌な音を上げて滑る。
いち早く察した沖田が後ろに跳んで間合いを取った直後に、そこを近藤の刀が
通り過ぎていく。
危ねェなぁと小さく呟きながら刀を握り直し、さてどうしたものかと沖田は
内心で臍を噛んでいた。

(捕まえてェところだが、想像以上にこりゃ手強いな)

こちらの荒れてきた呼吸に対し、近藤は息ひとつ乱す事無く真っ直ぐに立っている。
そういえば、と沖田はまだ武州の道場に居た頃のことを思い出した。
あの頃もそうだったような気がする。
その頃から神童と呼ばれ負けを知らなかった自分が、近藤と土方にだけは
どうしたことか勝つ事ができず、特に土方に対しては非常に悔しい思いを何度もした。
けれど近藤の事で思い出すのはその真っ直ぐな佇まいだけだ。
年を重ねて成長するにつれ、近藤や土方からも一本もぎ取るようになったが、
それだけは決して変わらなかった。
江戸に出てきてからも、だ。
こっちがぜえぜえと乱した呼吸のままで有り難うございましたと告げる向かいで、
近藤は「また強くなったなァ、総悟」と、落ち着いた物腰でただ柔らかく笑って
自分の頭を撫でるのだ。

(………ああ、やっぱり、この人は、)

これを人斬りだなんて呼んで良い筈がない、やはり近藤は近藤だ。
ぐっと唇を噛み締めると、沖田は刀を中段に構えて近藤からの一撃を誘うように
ゆらりと一度、刀身を振る。
沖田が作った明らかに分かり易い隙を、だが見ていた筈の近藤はピタリと動きを
止めたまま様子を窺っているだけだ。
ち、と小さく舌打ちを零して、これだから慎重派はいけねェや、と沖田は大きく
一歩を踏み出した。
今度はこちらから攻めかけてみて探りを入れる。
しかし、上段から振り下ろした沖田の刀身は、随分と高い位置で押し留められた。

 

 

「…………アンタ…」

 

 

目の前で、黒い長髪がふわりと揺れる。
眼帯で片目を隠した相手は、数刻前にスナックで会った相手だ。
「な…に、しやがんでェ」
「それはこちらの台詞だ。
 江戸を守るという大義を受けた人間が、その基盤となる屯所前で私闘か?
 確か聞いた話によれば、私闘は御法度であったと思うが」
「うるせェ………こんなモン、私闘でも何でもねェや」
動揺の素振りを隠し通す事ができず吐き捨てる沖田にチラと冷たく一瞥をくれて、
九兵衛は勢いの殺がれた刀を下ろすべく、自身の剣を引いた。
「貴方も局長であるならば、立場を弁えるべきだ、近藤さん」
「…………あァ」
その言葉に、近藤が小さく吐息のような声を漏らす。
手にしていた刀を一振りして、だがそれを鞘に収める事無く視線は窺うように
九兵衛に向けられている。
「近藤……さん?」
「今のこの人に何言っても聞いちゃいませんぜィ」
「どういう事だ……」
「つまり、」
自分は刀を引こうとしていたのだろう、鞘に収めようとしている九兵衛の手を
押さえて遮り、構えな、と沖田は近藤から目を離さないままで告げた。
「あの近藤さんは…………近藤さんだけど近藤さんじゃねェ、ってこった」
「だから、それはどういう……」
「まァ簡単に言うと、人馴れしたゴリラが野生に目覚めた、ってコトですかねィ」
捕まえるのに苦労させられてんでさァ。
そう呟いた沖田に、九兵衛は何とも言えない表情で視線を向ける。

 

(この男………仲間にまでゴリラって呼ばれているのか…?)

 

微妙にズレた男、それが柳生九兵衛だった。

 

 

 

 

 

 

 

−続−

 

 

 

 

 

 

 

1対2なら、あるいはまだ可能性が。