#16 犯してはならぬ黒

 

 

 

 

 

今思えば、『アレ』は最初から俺の中に居た。
何と名をつけ呼べば良いのか分からないから、今此処ではアレのことを『獣』という。
けもの、でも、けだもの、でもどっちだって良い、そうは変わらない。
それは真っ黒なナリをしていて、普段は自分の中の奥のそのまた奥で眠っている。
いっそ暴力的ともいえるその獣は、そうしていつも寝ているが、
それでも間違い無く己の半身に違いなかった。

 

 

 

 

ソイツは俺だけのものだったけれど、きっとこの世界に生きるものなら
誰しもその『獣』を一匹は飼っているのだろう。
もちろんソイツらにも強弱ってモンがあって、特に俺達のような、
剣の道に生きる者が育てる『獣』は、そりゃァもうすくすくと
強く逞しく成長してゆく。
自分自身が成長するのと同じ速度で、だ。
無論、そんな危ねぇモンを野放しにするわけにはいかない。
普段何気無い生活を送っている連中ならば、その『獣』の存在にすら
気付かずにやっていけるのだろうが、俺達のような死ぬか生きるかの瀬戸際を
行ったり来たりするような人生を送っている連中の場合、遅かれ早かれ
その『獣』の存在を自覚させられ、そして目の当たりにさせられるんだ。

 

 

 

 

『獣』は普段眠りっぱなしなので、見て見ぬ振りをすることも可能だった。
だが、己の中でソレを認められない未熟な者や、ソレをこれ以上育てては
いけないのだと思い知ってしまった者などは、この廃刀令のご時世を機に
みんな刀を捨て違う人生を歩み始めた。
それはそれで、ひとつの道だ。
大体の人間はその『獣』の本当の恐ろしさを、真正面から向き合った時に
まざまざと思い知らされ、そしてその『獣』が眠っている内に
太い鎖と首輪で胸の奥底に繋いでしまう。
もしくは、頑丈な檻の中にブチ込んでしまう。
これが一番賢い方法だ。
剣の道を捨てることなく、自制を残して先に進める。
だが俺達のように刀でしか、戦うことでしか生きてはいけない野郎共は、
みんなその『獣』を起こして放し、飼い慣らそうとするんだ。
何故って、そんなのは野暮な質問ってモンだよ。

 

『獣』を飼い慣らして自在に操った方が、より強くなれるからさ。

 

けど、本当のトコロそんなのは夢物語にしか過ぎなくて、大抵の人間は
その『獣』の腹に己自身が飲み込まれちまう。
殺すことを生業とし、他人の血を浴びて尚も成長するようなヤツなんだ。
そもそも飼い慣らそうとする事自体間違っている事に気付いた頃には
後悔したってもう遅い。
外の広さと自由を味わった『獣』が、もう一度胸の奥底に戻って来て
くれるなんて………奇跡でも起こらない限りは有り得ない。
そうして人は、『人斬り』ってモンに成り下がってしまうんだ。

 

 

 

 

 

 

随分前置きが長くなっちまったな。

それで、此処からが俺の場合の話だ。

 

 

 

 

 

 

俺がその『獣』を知ったのは、真選組を結成する直前の事だ。
真正面からソレと向き合うっても、きっかけは人それぞれ。
俺の場合は、初めて人を斬った時のことだった。
人を斬った……つまり、人を殺した時のこと、だな。
俺が知ったソレはとても獰猛で、俺はすぐさまソイツを檻に閉じ込めた。
コイツを放すと、俺はきっと人斬りになっちまう、そんな気がしたからだ。
もちろん周りにはトシや総悟や仲間達が居たから俺がそんな風になっちまう前に
きっと止めてくれるとは思う。
だが……それは少し、違うだろう?

 

この『獣』は、俺だけのものなのだから。

 

だから俺自身がソレと上手くやり合って、この先も生きていかなくちゃあ
ならなかったんだ。
それなのに、俺は……俺は、大きな罪を犯してしまった。
取り返しのつかねぇ、とんでもない事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の中に巣食う黒い『獣』、ソイツは決して表に出してはならないものだったのだ。

 

たとえ、そこにどんな理由があったのだとしても。

 

 

 

 

 

 

 

−続−

 

 

 

 

 

 

 

欲しているのは罰か、赦しか。