#14 名も知らぬ緋
土方に引き継ぐことといっても、そう大した事は無い。
過去の事件による隊士の人数激減が思わぬところで助かった。
以前の100名を越える人数を掌握するのは、流石の沖田でも一人では
キツかったことだろうと思う。
表向き、普段の職務を疎かにするわけにはいかないので、隊士達には引き続き
江戸市中の見回りを中心に通常業務をこなすよう通達を出して、近藤の捜索は
あくまで内輪で行うことにしていた。
最初は協力を渋っていたものの、万事屋内がこの状態では銀時も落ち着かないのだろう、
近藤捜索の方は万事屋の3人も手を貸してくれている。
「総悟は近藤さんを捜せ。
俺ももうちょっと不自由なく動けるようになったら、此処を出る」
「無理しなくてもイイですぜィ。
また鉢合わせして刀抜かれたら、今度こそ殺されますぜ?」
「……もう、あんなヘマはしねぇよ」
「どうだか」
苦虫を噛み潰したような表情で低く唸る土方にそう返すと、沖田はからりと
居間の窓を開けて空を見上げた。
太陽はオレンジの色に変化して、西の山間へと姿を隠そうとしている。
そろそろ、だろうか。
「心当たりは2,3あるんで、とりあえず今日は其処を回りまさァ。
……隊服を、着て行きますぜィ?」
「総悟、お前……」
「餌はこれから撒くんでさァ、上手く食いついてくれるといいんですが」
山崎に言いつけて自分の隊服は持って来させてある。
隊士を私服に着替えさせ暫く経ったが、近藤が現れたという話も誰かが殺されたと
いう話も今のところ入ってきていない。
後は自分が隊服に着替え江戸の市内をうろついて、近藤が現れたら自分の勘は
ビンゴ、ということだ。
それならそれで新たな疑問も浮上してくるのだが、これは近藤を捕まえてからでも
解決できるだろう。
「殺すつもりは当たり前ですがコレっぽっちもありやせん。
とりあえず捕まえて引き摺ってでも此処に連れてきまさァ。
今のところ犠牲は隊士の6名のみ、それなら内々に何とでも揉み消せますしね」
「……そうだな」
「オイオイ、ちょっと待てよ、随分と穏やかじゃねーな?」
それまで黙って聞いていた銀時がそこで声を上げた。
真選組隊士が6人も殺されて、しかも殺したのは近藤だと分かっているのに、
それを誤魔化して無かったことにしてしまうつもりなのか。
「オメーら……本気で言ってんのかよ、それ?」
「勿論でさァ」
「何か問題あんのかよ」
すぐに戻って来た返事に裏も含みもありはしない、その現実に銀時は思わず
頭を抱えてしまった。
「……人が、殺されたんだぞ」
「ああ」
「しかも、殺った相手もわかってんだぞ」
「知ってるっつーの」
「……なんで、お前ら……」
「万事屋の旦那ァ、勘違いしてもらっちゃ困りますぜ。
確かに殺ったのは近藤さんの可能性が一番高い、だが証拠も何もねェ。
それに……ちょっと気になることもありますしねィ」
「…どういうこった?」
「つまり、あの近藤さんは何かオカシイ、って事だよ」
パシリ同然に走らせ山崎に買ってこさせた煙草を口に咥えると、火をつけながら
土方は沖田の言葉を続けた。
「俺も斬り合った時に感じたが……あの近藤さんは何か違ェんだよ。
どう言えばいいか……行動と、言動と、表情が全部ちぐはぐになっちまったみてェな」
「だからきっと近藤さんの方にも何か事情がある筈なんでさァ。
それは近藤さん自身を捕まえねぇと確認の仕様もありやせんし……もし、それで
あの人にやむを得ない事情があって、それであんな風になったんだとしたら……」
「無かったコトにするってのかよ、人が死んだ事も、テメーらが殺されそうに
なったって事もか?」
理解し兼ねるといった顔で銀時が訊ねると、少しだけ視線を通わせあった土方と沖田が
揃って首を縦に振った。
「……オメーら、オカシイんじゃねェの?」
「んだとコラ、もっかい言ってみろや、あァ!?」
「土方さん、アンタそんなボロボロになってんのに旦那に喧嘩売っちゃ
ボロ負けするだけですぜィ?まぁ、俺は止めませんがね。
……ですが旦那、アンタは俺達を知らない。
だから、俺や土方さんが、そして真選組の野郎共が、どんな風に近藤さんの事を
思って大切にしてるか、知らねー筈です」
「知りたくもねーよ」
「なら、一般市民を巻き込んでない以上、口出しは止めて頂けませんかねィ。
真選組があって、近藤さんが在るんじゃねェ。
近藤さん在ってこその、真選組なんだ……駒が無事でも大将がいねぇんじゃ
どっちにしたって真選組は終わりでさァ。
だから俺は……何を犠牲にしたって、何の駒を囮に使ってでも、
大将の近藤さんを取り戻しまさァ」
言いながら隊服に着替え腰に刀を差すと、それじゃ行ってきやす、と土方に告げて
沖田は万事屋から外に出て行った。
カンカンと階段を下りて行く音を聞きながら、暫く無言でいた銀時はややあって
はぁ、と重い吐息を零す。
「………クレイジーだぜ、マジで。
つかさァ、俺も被害に合ってんの忘れてんじゃねぇ?おたくの坊ちゃんは」
「まぁ、元からマトモじゃねェがな………多分、」
ふぅと煙を吐き出して、土方がソファの背凭れに身を預け机に投げ出されたままの
報告書のひとつに手を伸ばした。
「近藤さんに一番心酔してんのは、俺でも他の隊士でもねぇ………あの総悟だ」
だからそれこそ、取り戻すためにはどんな無茶でもやってのけるだろうよ。
そう言いながら土方は眺めていた報告書をパサリと机に放り投げる。
「……そういうテメーはどうなんだ」
「俺か………そうだな、」
剣呑な視線を向けてくる銀時にちらと一度だけ目を向けて、すぐに興味無いとでも
言いたげに逸らし別の書類へと視線は注がれて。
沖田が言いたいことの殆どを言って出て行ったので、自分が敢えてこの目の前の
男に訴えたい事があるというわけでもない。
そんな自分が言えるとしたら、たったの一言だ。
「俺もクレイジーな人種なんだよ」
−続−
大切なのは、たった一人だ。