#13 憎らしい銀

 

 

 

 

 

実際のところ伊東の一件があった時、真選組は隊士の半数以上を失った。
伊東の方についた隊士は言わずもがなであるし、あの時の戦闘で命を失った
者もいたし、その後に隊を抜けた者もいた。
残ったのは局長と副長、一番隊の隊長を除けば、腕に覚えのある古株の隊士
ばかりだった。要するに昔馴染みの奴らだ。
それを知った時近藤は何と言っていただろうか、ぼんやりと沖田はそんな事を考える。
暫くして、ああそうだ、と思い至った。

 

「何だか振り出しに戻っちまったカンジだな」

 

そう、笑っていたのだった。

今……あの人は、何処に居るのだろうか。

 

 

 

 

 

 

近藤の不在と土方の負傷を公に晒すわけにはいかない、そう言えば隊士達は
皆協力的に隊服を脱ぎ捨ててくれた。
とはいえ、局長捜索と同時に普段の職務もこなさなければならないのだ、正直なところ
難航していたと言って良かった。
あの夜以来、近藤が屯所近くに現れたという話は聞いていない。
それが近藤の意思によるものなのか、沖田の所謂『覆面警察週間』の賜物なのか、
真相は今のところ闇の中だ。
そうして3日が過ぎた頃、漸く小さな動きがあった。
土方の意識が戻ったのだ。

 

 

 

 

 

 

土方が目を覚ました時、まず視界に入ってきたのが志村新八という眼鏡の少年で、
最初の内は現状が全く飲み込めなかった。
だが、すぐにじくじくと痛み出した脇腹の傷で自分に何が起こったのかは思い出せ、
そして新八が差し出してきた痛み止めの薬を口に含みながら、この場所が屯所ではなく
あの万事屋なのだという事を知り、少しだけ胸糞悪い気分を味わった。
沖田さんが居るので呼びますねと言って新八が立ち去ったすぐ後で、襖に凭れながら
顔を覗かせたのは、少し疲れた表情の沖田。
「漸くお目覚めかィ。
 まったく副長って席は呑気で羨ましいぜ」
「………総悟か」
「目が覚めたなら早速働いてくれやせんかねィ。
 こちとら過剰勤務で今すぐにでも過労死しそうなんで」
「普段怠けすぎてっからだろ」
「うるせェや、俺はもともとデスクワーク向きじゃねェんでい。
 書類だけは嫌ってぐらい溜まっちまってね、これは土方さんでねーと
 どうしようもありやせんし」
「………どうなってんだ?」
薬が効いてきたのか少しだけ楽になった体をゆっくりと起こしながら、土方が億劫そうに
そう訊ねる。
どうもこうもありやせん。肩を竦めながら沖田が和室内に足を踏み入れ布団の傍らで
胡座をかいて座った。
「近藤さんは行方不明、仕事の合間で捜してはいますがこっちはからっきしでさァ。
 俺も外に出てェとこですが、思ったより局長副長ダブルでの不在は大きくてね、
 今の今までそれどころじゃァ無かったモンで。
 土方さんが普段の5倍で仕事してくれたら、俺ァ近藤さん捜しに行くんですが」
「……お前、俺を過労死させる気か」
「一応、近藤さんの捜索については、万事屋が協力してくれてまさァ」
「チッ……アイツらに借りは作りたくなかったんだがな」
「他に方法が無かったモンでね」
万事屋に借りを作りたくないという意見については、沖田も土方と同意見であるが、
とにもかくにもあの時は他にそうする以外の方法が思いつかなかった。
逃げろと近藤に言われ、何処へと山崎に問われ、浮かんだ場所が万事屋だったのだ。
「動けるならさっさと起きて下せェよ」
「あ?」
よいせ、と沖田が立ち上がって居間に戻るべく踵を返す。
今真選組の全ての指揮系統をこの万事屋に移している、長く間を開けるわけにはいかない。
とはいえこの場所を知っているのは山崎だけで、あとは無線や携帯でのやり取りだ。
屯所にはいつ攘夷派閥の襲撃があるか分からない、人数で言えばこちらの圧倒的不利から
あまり長居はするなと隊士達に言いつけてある。
不要なものを置きに、または必要なものを取りに来る時ぐらいでなければ、
今は寄り付いていない筈だ。
淡々とそう報告をすると、沖田はそれ以上は何も言わずに和室を出て行った。
本当はこちらの話をすぐにでも聞きたいくせに、そう感じて土方はくくっと喉の奥で
小さく笑いを零す。
あれで少しぐらいは気遣っているつもりなのだろう。
のんびりと寝ている暇は無い、そう自分に言い聞かせて自らを奮い立たせると、
土方は気合いを入れて布団から出た。
やや乱れた着流しを整えて、ゆっくりと和室を出て居間へと向かう。
頭のどこかで、今そこには沖田しか居ないと思い込んでいたらしい、
そこで目の当たりにした光景に、土方は小さく舌打ちを零した。
そうだった、此処はあのバカの拠点だったのだ。

 

 

「やっとお目覚めですかコノヤロー、
 真選組副長ってのはほんっと気楽で羨ましいよ俺ァ」

 

 

見たくもない白髪の天然パーマの男とまともに目が合って、土方がガリガリと
頭を掻き毟る。
煙草は無いかと懐を弄ったが、残念ながらその存在は感じられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

−続−

 

 

 

 

 

 

 

鬼の副長・土方十四郎、復活。