#10 スローな茶色

 

 

 

 

 

万事屋に泊まった時の新八の朝は早い。
それも仕方の無いことである。
自分が居ると、万事屋の主と居候娘は途端に怠けて何もしようとはせず、
ギリギリまで惰眠を貪っているのだ。
なので朝一番に起きるのは新八であり、部屋の窓を開け空気を入れ替え
玄関に新聞を取りに行くのも少年の役目となっている。
朝早くまだ薄暗い応接間を抜けて台所に向かおうとしているところで、
突然玄関のチャイムの音が鳴らされた。
「な、何……だろ、こんな朝早く……」
夜に賑わうかぶき町は、夜中はまだあちこちで人のざわめきが聞こえてくるが、
この時間になってしまうとそれぞれが帰途に着き、一転して静けさが漂う。
そんな中でのこの音だ、あまり良い予感がしないのは仕方が無い。
応接間に立ち尽くしたまま逡巡していると、もう一度チャイムの音がして、
今度は玄関の扉を叩く音までしだす。
「………出るしかないか」
真夜中の怪談じゃあるまいし、こんな時間に怪奇現象というわけでもないだろう。
そう自分の中で言い聞かせると新八は玄関に向かって歩き出した。
草履を履き、鍵を開けて扉を横に引く。

 

「おう、眼鏡の地味な少年じゃねーかィ。
 万事屋の旦那は居るかい?っつーか、邪魔するぜィ」

 

言うなり呆然と立ち尽くす新八の体を横に押し退けて、沖田と山崎、そして
2人に担がれるようにして土方の3人が、乱雑に靴を脱ぎ捨て上がり込んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

万事屋の主はすこぶる機嫌が悪かった。
それも仕方の無い事だ、真選組の大将に手傷を負わされて、何とかかんとか
逃げ帰ってきたと思ったら、今度はその手下その1とその2とその3が現れたのだ。
しかも常識外れの早朝で、己の安眠を妨げられて。
「……なんなんですかコノヤロー、俺に何か恨みでもあんのか、あァ!?」
「いやいや滅相もありやせん。
 ちょっと俺らを匿ってもらえやしないかと思いましてね」
「断る。」
「即答だよ!!ホラ沖田隊長、だから無理だって言ったんですよ!!」
テーブルを挟んで睨み合う上司と客人2人にお茶を出し、新八も困ったような表情で
銀時の隣に腰を下ろした。
土方はまだ意識の無い状態なので、銀時と入れ替わりに布団の上に転がされ、
神楽は今なお押し入れの中で安眠中だ。
「厄介事は御免だね。大体ナニ?今度は何やらかしてんの?
 図々しいオメーらといい、くたばってるマヨ野郎といい、いきなり斬りかかって来た
 ゴリラといいよォ、もうなんつーかもう、俺を巻き込んでそんな楽しいかー!?
 みたいなさァ……って、」
吶々と話していた銀時の胸倉を掴んで引き寄せたのは、沖田だった。
突然の行動に唖然とした表情をしたのは山崎と新八で、当の銀時本人は
飄々とした顔を崩しもしない。
「アンタ………昨日、近藤さんに会ったのか!?」
「ああ、まぁ、話し掛けたらイキナリ刀抜いてきやがってよォ、
 撒いて逃げんの苦労したんだぜ、コレが」
「…………。」
「でさ、オメーらは俺に何か言うことねーの?」
「何かって…何です?」
「俺は昨日、妙なゴリと会った。
 オメーらは唐突に匿えって言ってきた。
 そんで、この面子の中にゴリはいねぇ。
 …………どういう事だ?」
銀時の言葉に、沖田の手が力無く外れる。
知らないならまだ騙くらかして誤魔化す手はいくつもあっただろうけれど、
此処まで知っている相手に対してどれだけ偽っても通用はしないだろう。
「言ったら……アンタ達は俺らに協力してくれるんですかィ?」
「さぁてね……それは、聞いてから判断すらァな」
だから言ってみろよ、そう呟くように銀時が言えば、少し考えるようにしていた沖田は
少しずつ、昨日あった事を話し出した。

 

 

 

 

 

 

 

−続−

 

 

 

 

 

 

 

彼らの手は、本当は何よりも心強い。