#09 真っ直ぐな白
屯所の門前で、沖田は軽く目を瞠った。
局長が行方不明ということで殆どの人間が捜索に乗り出していたため、
確かに屯所内に人は殆どいなかった。
いたのは自分と山崎、土方と、それ以外は見張りのために門前に立っていた
隊士が2名、捜索隊からの連絡待ちで待機していた隊士が4名。
それら全てが斬り殺されていたのだ。
こんな状態で、誰がやったのか、なんて愚問も甚だしい。
「………悪い夢でも見てるみてェだな、こりゃァ……」
門前で倒れているそれらを踏まないように気をつけながら、沖田が屯所から
外に出ると、そこで小さく声をかけられた。
「沖田隊長!」
「おう、山崎か」
「大丈夫ですか、お怪我は!?」
「何処も何ともねェよ……けど、こりゃァちょっと厄介な事になったぜィ」
「厄介って……局長のこと、ですか?」
「それもあるけどな………そうだ山崎、」
「はい?」
手ェ貸せとぶっきらぼうに言えば、慌てたように山崎は走り寄って来て
沖田が支えているのとは反対側の土方の腕を肩に回すようにして支える。
途方に暮れたような顔をしているのは、きっと山崎が今までの話の展開に
まったくついて来れずにいるということなのだろう。
だがそれは自分だって同じだ、だからきっと、認めたくは無いが今の自分は
山崎と似たような表情をしているのだと思う。
「近藤さんに何があったのか、どうしてイキナリ刀抜いたのか、
そこまでは知らねーが……あの人は俺を逃がした。
このバカ連れて逃げろって……そう言ったんだ」
「……逃げろって……何からですか?」
「やっぱ普通はそう思うよな?
だけど俺ァ……、
『コレは俺じゃ止めらんねェから、巻き添え食わない内に逃げてくれ』
っていう風に受け取れた」
「……コレって何ですか」
「さぁ、知らねーな」
「隊長……」
しれっと言う沖田を呆れた風に見遣って、山崎は重く吐息を落とす。
屯所の中にあった隊士の遺体は、逃げる際に山崎自身も目にしていた。
あれが誰の仕業かなんて、今敢えて沖田に訊かなくても良いぐらいだ。
冗談だと、誰かが笑ってくれればいいのに。
(誰かって……局長の顔しか出てこないや)
「とにかく、だ」
「はい?」
「とりあえず何処か落ち着ける場所に行けたら、
あの誤解されそうな死体を全部片付けて来い」
「ええぇぇぇぇッ!!俺がですかァァァァ!?」
「他に誰がいるんでィ。
あんな所に堂々と転がってちゃ後々が面倒だ。
アレ全部処分して、外に出てる隊士に連絡を取れ」
「ど……どうするんですか」
「うん…」
とぼとぼと人気の無い道を歩きながら、沖田は思案するように空を仰ぐ。
人斬り、という印象は不思議と受けない。
何故なら実際に斬られたのは土方だけで、そして斬られようとしていたのは
自分ではなく山崎で。
しかもその山崎を外へ逃がした途端に、近藤は我を取り戻した。
何か共通点が、何処かにある筈だ。
「多分……近藤さんが反応するのは真選組の人間だ」
「組の…?え、で、でも、どうして…」
「そりゃ俺にも分かんねーよ。
けど、隊服着てた土方のヤツは斬られたってのに、周りの人間に被害が
あったっていう報告は聞いてねェ。
それに私服の俺には抜かねぇで、隊服のお前に刀を向けた。
誰でも良いなら一番近い所に居た俺か、身動き取れねェ土方を狙えば良かった。
なのにそうせず、お前ェを狙ったってのは……」
「俺が、隊服着てたから……ですか」
「当たってるかどうかはさておき、怪しいモンは片っ端から外した方がいい。
隊士達には今後、隊服脱いで私服で動けつっとけ」
「でも!!そんなの急に連絡したら怪しまれますよッ!!」
「大丈夫だって、覆面警察週間だつっとけば」
「バレますって絶対ッ!!アンタ何考えてんだァァァ!?」
「少なくともツッコミ以外何もしてねぇテメーよりゃ、色々考えてらァ」
近藤に言われるままに外へ脱出したは良いが、彼自身はどうするだろうか。
あの状態で近藤一人が屯所に残っていたら、まず疑われるのは近藤だろう。
疑われるも何も犯人そのものなのだろうから弁解のしようもない。
少なくとも今は逃げていてくれればいいと、祈るしかない自分が心底頼りないと
沖田は恨めしげに空を見上げた。
「……沖田隊長、」
「なんでィ」
「これから、俺達は何処に行くんですか?」
「………それが一番の問題なんだよなァ」
山崎の問いに、もう一度ため息を零して沖田は空を見上げていた目を
少し眩しそうに窄める。
東の空からは、ゆっくりと太陽が顔を覗かせていた。
−続−
そして朝焼けに、祈る。