#08 戸惑う水色
「………総悟」
呼ばれてすぐに上を仰げば、刀の柄をきつく握り締めたままの近藤と目が合った。
震えているのだろうか、刀身がカタカタと音を上げる。
「近藤さん……いよいよ俺ももうダメかと思ったんですがねェ…」
「馬鹿を……馬鹿を、言うな……!!
どうして俺が、お前を……トシを……、」
「土方のヤツをやったのは、近藤さんなんですかい?」
「………総悟、お前は今すぐトシを連れて此処から逃げろ。
これは局長命令だ……できるな?」
「どうしてですかィ!?
アンタはいっつも……俺に肝心なコトは聞かせねェ、
どうして俺が此処から逃げなきゃなんねぇんでさァ!?」
「それは俺が………」
答えようとして、近藤が言葉の続きを飲み込む。
ざわり、と胸の奥で何か黒いものがざわめくのを感じた。
(出て来るな………出て来るな、俺の獣……!!)
ぎり、と強く歯を食い縛ると、時間が無いとだけ告げて近藤は刀を引く。
「早く行け、総悟。………頼む」
「………近藤さんは、ずりィや。
そう言われちまうと俺は従うしかねェ」
諦めたような様子でため息を吐くと、沖田はそこから這うように土方の元へと向かい、
彼に掛けられていた布団を剥がして腕を肩に回す。
ぐったりとした大の大人は結構な重量があったが、これでも普段から鍛えている身だ、
連れて行けない事は無い。
「近藤さん……ひとつだけ聞かせて下せェ。
アンタの敵は、誰なんですか」
「…………。」
「近藤さんの言葉ひとつ、返事ひとつで、それが誰であろうとも
俺はソイツに刀向けますぜ。
アンタの敵は………俺にとっても敵でさァ」
「………敵なんか何処にもいやしねェよ。
本当は……トシに怪我なんてさせたくなかったし、お前らに刀向けるなんて
したかァなかったんだ……これは、俺が弱かったせいだ。
全部……俺の責任なんだ総悟……すまねェ」
「………それを聞いて安心しやした」
ホッと吐息を零して沖田がふわりと微笑みを浮かべる。
刀を向けられたが、自分も、土方も、山崎も、みんな近藤の敵じゃない。
本意じゃないのだという事が分かったなら、それだけでいい。
「近藤さん、アンタの言う通り此処は一旦退きまさァ。
だけど俺はまた……戻ってきやす」
待っててくれとは言えなかった。
言いたいのは山々だったが、少なくとも今の近藤はそれを求めているようには
思えなかったから。
無駄に彼を苦しめるようなことはしたくない。
(………今だけだ。今だけ、)
今暫くだけ、この人を一人にしてしまうけれど。
「それじゃあ近藤さん、…………また、」
自分に背を向けたままの近藤にそう声をかけ、沖田は土方を抱えたまま
夜の闇に消えていった。
−続−
色んな疑問と想いを其処に残したままで。