#07 絶望の黒

 

 

 

 

 

夜明けまであと数時間を残す頃、廊下へ続く襖がカタリと音を上げて、
それで山崎はうつらうつらとしていた意識を取り戻した。
まだ眠気の残る目を擦りながら視線を持ち上げると、向かいではまだ
舟を漕いでいる沖田の姿、そしてその向こうには今の今まで帰りを
ずっと待っていた男の姿があった。
「……局長!?
 お帰りなさい!!っていうか、今まで何処ほっつき歩いてたんですか!!
 副長が大変だってのに……ほら、沖田隊長も起きて!!」
「あァ……?あれ、近藤さん…?」
ご丁寧にアイマスクまで装着していた沖田のそれを手を伸ばして剥ぎ取ると、
そこで漸く気付いたのか沖田がうっすらと瞼を持ち上げた。
「お前ェら……これは、一体……」
「土方のバカが、どっかでヘマやらかしたらしいんでさァ。
 近藤さんは一緒に居たんじゃなかったんで?」
「いや……」
一歩、和室の中に踏み込んで近藤が僅かに眉を寄せる。
血の気の無い青白い顔色の土方は、今も尚意識を失ったままだ。
近藤は歩みを進めると、沖田の隣で腰を下ろす。
「どうして、トシが……」
「局長…」
「生きてんのか」
「残念ながら、息はありまさァ」
「そうか………それは、」

 

 

ざんねん、だ。

 

 

「下がれ山崎!!」
「え、わ、うわァァァ!!!」
咄嗟の沖田の声に慌てて山崎が背後の壁まで後ずさりする、その目の前で
刀と刀がぶつかり合った。
抜き身の刃が今しがた山崎が座っていたところに届く寸前で、沖田の抜いた
刀がそれを押し留めている。
ギリ、と鉄の擦れ合う耳障りな音がした。
「近藤さん……こりゃァ一体何の真似でィ…?」
「迷いがあるな、総悟?」
「……ッ」
「それじゃあ、俺にゃ勝てねぇよ」
「く…」
ギン、と腕を翻し沖田の刀を跳ね上げると、勢いに負けた沖田の手から柄が離れて
刀は後方へと孤を描きながら飛んでいく。
それをあくまで冷静に目で追った沖田は、ち、と口の中で小さく舌打ちを零した。
動揺したのは間違いない、だけど。

 

(アンタだって………剣が迷ってる)

 

何がどうしてこの状況にあるのか、さっぱり見当もつかない。
恐らく途中までは一緒に居た筈であろう土方なら何か知っているのかもしれないが、
今彼にそれを求めるのは無理というものだ。
「山崎ィ!邪魔にならァ、さっさと此処から出ろ!!」
「え、で、でも、どうして……」
「いいから早くしろ!!」
近藤の刃は隣に座る自分では無く、山崎に向いていた。
ならばまず真っ先に逃がすべきは彼の方だ。
まだ何か言おうとしていた山崎が踵を返して庭へと飛び出したのを視界の端に収めて
沖田が薄く口元に笑みを浮かべる。
と、ふいに足元に衝撃が走って体がぐらりと傾いた。
「……てッ」
ごち、と柱に後頭部をぶつけ座り込んだ沖田の目前に白刃が煌く。
余所へ意識がいってしまって、こんな単純な足払いに体勢を崩されるなんて、
まったく修行が足りねぇなァなどと、どこか他人事のように考えてしまう。
観念した、というのが一番正しいだろうか。

 

だがその刃は己の体を貫くでなく、頭のすぐ真上の柱へと突き立てられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

−続−

 

 

 

 

 

 

 

 

絶望と困惑の闇の中に確かに存在したのはひとすじの光。