#04 切り裂く赤

 

 

 

 

 

「やっぱり此処か、近藤さん」
「あら、漸く飼育員のお出ましかしら。
 さっさと連れて檻にでもブチ込んで頂戴な」
近藤行きつけのスナックで、にこりと涼やかな笑顔を浮かべつつも
辛辣な言葉を吐き出すのは志村妙だ。
彼女に御執心な近藤は、時間があればすぐこの店に顔を出す。
もちろん彼女にしてみれば、金を落としてくれる近藤は良い客の一人ではあったが、
とにもかくにもラブコールがあまりに熱烈すぎてウザいことこの上無いのだ。
おまけに家にまで押しかけてくるとなれば、立派なストーカーである。
普段は閉店時間まで飲んだくれて店の前に放り出されているのが常だが、
今日は珍しくお迎えがあった。
しかも隊服を着込んだ副長自らのお迎えとくれば、これは何かあったのだろうかと
野次馬的な根性で周囲の人々が勘繰り始めるのはしょうがない。
実際のところは、仕事の合間に迎えに来ただけなのであるが。
「貴方も大変ねぇ、こんなゴリラのお守り役だなんて」
「別に……大変だとは感じるが苦じゃねぇよ。
 ホラ近藤さん、アンタまだ書類上げてねーだろうが、帰るぞ」
「イヤだいイヤだい!!俺はもっとお妙さんと一緒にいるんだい!!」
「何処の駄々ッ子だアンタは!!
 明日渡せねぇと、松平のとっつぁんに間違い無く撃たれんぞ!?」
「う…ッ、そ、それはそれで、なんかイヤだ…」
「それでなくても伊東絡みの一件で隊士の人数が減っちまって、
 こちとら仕事が増えてんだってのに!!
 分かったら行くぞ、ホラ、しゃんと立てよ」
「うぅ……お妙さん、名残惜しいですが俺はこれで失礼します。
 明日ッ!!明日また必ず来ますからッ!!」
「来なくていいです。」
土方に襟首を掴まれ半ば引き摺られるようにしながら、何度も何度も後ろを振り返り
そう訴える近藤に、あくまで妙はつれなかった。

 

 

 

 

 

 

人通りの少ない夜道を屯所へ向かって歩きながら、まだ近藤はブツブツと呟いている。
それを横目で眺めながら、重苦しい吐息を零したのは土方だ。

(まったく……この人の、こういうトコロだけはホント…)

どうにかなんないものかね。
懐から煙草を取り出し火をつける、その姿を視界に入れて近藤が
こくりと首を傾げた。
「でさ、マジなところトシはあの書類の件だけで来たのか?」
「……どういう意味だよ」
「いや……なんとなく、それだけじゃないような気がしてさァ。
 なんか事件があったとか」
「特にはねぇよ。
 まぁ、夕方過ぎに総悟のヤツが派手に茶屋をブッ壊してくれてな、
 始末書が一枚増えたぐらいか」
ふぅ、と煙を吐き出しながら土方が苦くそう答える。
こっちはお上から大目玉を食らうというのに、当の沖田本人はケロリとしているのだから
まったくもって憎らしいことこの上ない。

 

「…………なァんだ、」

 

にまり、と口元に笑みを乗せて、近藤は頷いた。
その言葉の裏に隠されているものが読めず、土方は訝しげな顔をする。
「なんだって……なんなんだよ、近藤さん」
「バレちまったのかと思ったよ……トシは聡いから、さ」
「な…!?」
咄嗟に腰に差した刀を抜いたのは正解だった。
ガキン、と鉄同士がぶつかりあう音がする。
「………なァんだ、残念」
「近藤さん、何を…!?」
純粋な力は近藤の方が強い、このままでは押し負けると悟って土方は刃を
受け流すように横に捌いた。
一歩、後ろに下がって刀の柄を握り締める。
「なんで……近藤さんが俺に、刀を向ける?」
「なんでって………さて、なんでだろうな……」
ひょいと肩を竦めて言う近藤の言葉には含みが無い。
だが、紛れも無く殺気は土方一人に向けられていた。
「よしてくれ、近藤さん。
 俺ァ、アンタを、」
「殺せ殺せって誰かが俺に言うんだよ。
 それが俺にはもう苦しくって苦しくって仕方ねェんだ。
 何か斬るモンねぇかなァと思ったところに、たまたまトシが居ただけさ。
 あぁ………それだけなんだ」
ダン、と強く足で地面を蹴って、近藤が真っ直ぐに突っ込んでくる。
単調な動きだから躱せなくはない。
右に避けて、柄の尻で近藤の手を打ち刀を叩き落す。
止める手立てがそれしかないなら、そうするしか。

 

「甘ェなぁ、トシは」

 

想像したよりもずっと近いところで、近藤の声がした。
予想よりも速い動きに、とっさの反応が鈍る。
「近藤さん…!!」
「……ちょっと痛ぇぞ」

 

 

我慢してくれな?

 

 

言葉と同時に己の脇腹から血が噴き出すのが見え、呆然としたまま土方は
刀を取り落とす。
反射的に押さえた掌の内側からドクドクと血が溢れ出すのを見遣ってから、
緩慢な動作で土方は視線を上へ持ち上げた。

(………なん、で)

頭を過ぎった疑問だが、それが声となって出て来る事は無かった。
何も言わずに刀を鞘に収めた近藤が、背を向けて立ち去って行くのを
止めることすらできないまま、土方はがくりとその場に膝をつく。

(なんで、………アンタが、)

倒れ込んだら、頬に冷たい土の感触がした。

 

 

 

 

 

 

 

斬られたのは、俺の方だってのに。

殺したくて仕方ねェって顔してたクセに。

 

 

……なんでアンタの方が、そんな泣きそうな目ェしてんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

−続−

 

 

 

 

 

 

 

 

声はもう、届いていない。