#03 渦巻いたグレイ
車を回して来たは良いが、いくら待っても近藤が出て来ないので、
仕方無しに土方は運転席から下りることにした。
方々を駈けずりながらも自分の姿を見れば頭を下げて挨拶してくる隊士達に
軽く手を挙げて返してやりながら、ゆっくりとした足取りで建屋に向かう。
「まったく……何処でサボってんだか、あの人は」
知らずに愚痴が口から零れ、土方は小さく舌打ちをした。
紛らすように煙草を口に咥え火をつける。
近藤の所在は近くを通りかかった隊士に訊ねるとすぐに分かったので、
世話の焼ける人だとため息を吐きながら、暗い廊下を足元に気を配りつつ
奥へと進んだ。
あちこちにまだ沢山の死体がある、踏みつけるわけにはいかないだろう。
「……近藤さん?」
階段のすぐ脇で、近藤は自分に背を向けて立っていた。
何気無しに土方が声をかけると、すぐに「おう」と返事がある。
「何やってんだよ、引き上げるから出て来いって言ったじゃねーか」
「いや、悪ィ悪ィ。
ちょっとな……まだ、息のあるヤツがいてさァ」
「え…?」
「今、片付けたところだ」
「…………。」
訝しげに眉を寄せたままで、土方は改めて近藤の姿を見た。
腰の鞘からは虎鉄が抜かれていて、その切っ先は倒れている人間のこめかみを貫いて、
その先の床板へと突きたてられている。
土方が見ている目の前で近藤は死体に足をかけ刀を引き抜くと、血を飛ばすように
一振りしてから鞘に収め、そして振り返った。
「さ、帰ろうか。トシ」
近藤の言葉に土方が応えることはできず、ただ咥えた煙草のフィルターを強く
噛み締める。
突入前に感じたのにも似た、胸がざわつく嫌な気分。
今度の原因はすぐに理解できた。
近藤は、こんな風に人を殺めるような人間ではない筈だ。
「ホラ行くぞ、トシ」
土方の肩をポンと叩いて近藤は出入口へと向かって歩き出す。
その後ろ姿を睨みつけるように見遣り、土方は咥えていた煙草を床に吐き捨てた。
こんな風に人を殺して尚、彼は笑ったのだ。
それからは何事も無く過ぎた。
相変わらず大小様々な仕事をこなし、たまに沖田がバズーカで破壊行為に走ったり、
山崎がガセネタを持って帰ってきたりもしたが、それはいつもの事だと言えばそれまでだ。
あの夜の一件きり近藤の妙な行動や言動を見る事も無かったので、日が経つにつれ
土方の中であの日の事は風化されつつあった。
彼の中に確かにあった筈の枷が外れたのは、それから一ヶ月と十九日めのことだ。
−続−
ここまでが前フリ。
次からが、本題。
最後まで油断せずにいこう、ってのは名言だと思う。(笑)