#02 暗闇の紅
それはまさに『修羅場』と形容するのが一番相応しいような気がした。
あちらこちらで敵とも味方ともつかない人間の骸が横たわり、それらを踏み越えて尚
刀を振り相手をなぎ倒して行く。
別に全員を捕える必要はないのだ、敵側のリーダーもしくは情報を持っていそうな
幹部数名で構わない。
残りは全て、腰に下げている刀でもって、粛清する。
戦い慣れしていない下っ端隊士に命じて少しずつ明かりを取らせてはいるのだが、
それでもまだ満足な照明は得られていない。
持ち前の勘と感覚と薄らぼんやりと見える人影を頼りにひたすら刀を振り続け、
事態が収束に向かい始めたのは、踏み込んでから一時間以上も経過してからの事だった。
「トシ、そっちはどうだ?」
『問題ない、ほぼ全部片が付いた。
近藤さんの方はどうだ?』
「ああ、まぁ……粗方終わったかな?
処理班の人間が足りないな、手の空いた者からこっちに回るよう言ってくれ」
『分かった』
胸ポケットに忍ばせてあった無線を手に土方とのやり取りを済ませると、近藤は
手にしていた刀をヒュ、と音をさせて振る。
雫がパタパタと畳を濡らし黒い染みを作ったが、満足な明かりが無いからそう見えるだけで
実際のそれはきっと赤いのだろう。
もう、何人斬ったかなんて覚えが無い。
現に今も自分の足元にはいくつもの物言わぬ屍が転がっている。
中には何人か、隊服の人間も目に入った。
こういう状況下では、全員無事に生きて帰れるということなどそうあるわけでなく、
乱戦となれば自然と力不足の隊士達は一人、また一人と命を失っていってしまう。
もちろんの事だが、それも覚悟の上での士道なのだ、とはいえやはり少し胸が痛い。
「ザキぃ、いるかー?」
「……なんですか局長、そんなダルそうに呼ばないで下さいよ」
「この状況で死の呪文はなかなか口に出しにくいモンなの!」
「だったらフツーに山崎って呼べばイイでしょうが!!」
近くにいる筈の山崎を呼べば、少しの間があってゆっくりと足音が近づいてくる。
左側に人が立ったのでそっちに目を向ければ、呆れたような顔をした山崎と目が合った。
「で、何か御用ですか?」
「あと30分したら、周囲の厳戒態勢を解除して、一時間後に通行止めも解除。
この建屋の周りだけ封鎖は続けといてくれ。
あとマスコミ関連の処理も頼んだぞ」
「うわお、人使い荒いんだからもう………了解ですッ!」
近藤の言葉にビシリと敬礼で返すと、山崎は急ぎ足でそこから走り去って行く。
ここまで来て漸く、ひとつの山場を乗り越えたという気持ちがした。
と、胸元でまたザザ、と無線波を拾う音がしたので、近藤がポケットからそれを
引っ張り出して耳に当てる。
『近藤さん』
「おーうトシか、なんだァ?」
『こっちは作業完了だ。
そっちにも2班ほど向かわせたから、
近藤さんは引き上げてくれ』
「わかった、そうする」
『車そっちに回すからな』
「了解だ」
会話を終えると、周囲でまだ忙しなく動き回っている隊士達に労いの言葉をかけながら、
近藤は外に出ようと薄暗がりの中を歩き出した。
その途中での、ことだ。
(…………ッ!?)
ふいに足首を強い力で掴まれ、反射的に近藤は刀の柄に手をかけその方を見下ろした。
声を出さなかった事が結果的に幸か不幸かは分からないが、その静かな所作に
気付いた者は今のところいないようだ。
足元を見遣れば、自分を掴んでいるのは人の手なのだと知れる。
その手を辿るように視線を動かせば。
(コイツ……まだ、)
隊服でない事から、攘夷派の人間だと理解する。
血に塗れた体、かろうじて繋がっている首、そしてその顔を見ようとして。
(………!!)
酷く血走った眼と、目が合った。
−続−
近藤さんピンチ?(汗)
いやいやハナシはまだ全然サワリの段階なんで。