ネクロードが生きていた。

その一言だけで、彼の中に渦巻く感情が何なのか理解した。







「ここが……ノースウィンドゥ……」
何もない、荒れ果てた土地。
あるのは無数の墓標、それだけだった。
ノースウィンドゥでの行方不明事件、それのあらましを伝えた後に
無人となったその場所に仲間達で向かい、この地に新生同盟軍の
立ち上げを決めた。
だが、と思う。
この男はそれを納得しているのだろうか、と。
だって此処は、彼の生まれた場所。
生まれて、育ち、そして失った場所だ。
自分達以外誰もいない、しんと静まり返ったその地で、彼は一体
何を思っていたのだろうか。
「なぁ、ビクトール」
「ん?」
新しく人が住み着くにはあまりにも荒れ果てた地、それを少しずつ
片付けるために、仲間達が皆奔走していた。
徐々にであるが逃げた傭兵隊のメンバーも集まりつつある。
そんな慌ただしい状況を眺めながら、ビクトールとフリックは
この地で一番大きな建物の、元はテラスだったであろう場所に居た。
「俺がこんな事訊くのもどうかと思うけど……、
 これで、良かったのか?」
「ああ…」
「お前の故郷だろう。
 それが今、全く違うものに作り替えられようとしているんだぞ?」
「……そうだな」
「出来上がったら、もしかしたらそこは故郷の面影も全く残らない
 ような街になるかもしれない。それでも……」
「それでも、良いんだよ」
2人並んで真下に広がる世界を眺めながら、ビクトールはそう
穏やかな声で呟いた。
過去、一度はネクロードを撃退して、その報告にこの地へ来た。
その時に感じたのは、悲しさでも悔しさでもない。
ましてや、喜びである筈などがない。
ただ、寂しさだけがそこにあった。
誰もいない場所、何も聞こえない声、それだけだった。
ところが、今では目を閉じていても誰かしらの声が聞こえてくる。
誰かしらの存在が、此処にはある。
この村はまだ生きているのだと、そう思える。
例えこの場所がこの先ノースウィンドゥと呼ばれる事が無いとしても、
それでもこの地は生まれ変わる。
生命の息吹を感じて、成長していくだろう。
「俺は、過去にしがみつくつもりはない。
 ノースウィンドゥという悲しい運命を辿った村があった、
 それを誰かが覚えているなら、俺はそれで良いと思うんだ。
 ……誰も覚えてないとしても俺だけは、忘れない。
 地図から名前が消えてしまうことになったとしても、俺は構わないさ」
「ビクトール……」
「お前が辛気臭い顔してんなよ。
 これからは俺達が、仲間を集めてもっともっとこの地を
 賑やかにしてかなきゃなんねぇんだぞ」
「ビクトール………本当に、それで良いのか?」
真摯に問われ、ビクトールは暫し押し黙った。
見透かすように窄められたきつめの視線はあまり得意じゃない。
誤魔化しもはぐらかしも、そこには許されていないからだ。


「……過去はもう、取り戻しようがないからな」


ふいと視線を反らして、ビクトールはそうとだけ告げた。
これが本音、覆しようのない本心だ。
「ネクロードへの復讐は、仇討ちでもなんでもねぇ。
 ただ、俺がそうしないと気が済まないだけだ。
 これは俺自身の怒りだ。
 無残に殺された連中のため……なんて、思ってねぇよ」
「…………。」
「そんなことしたって誰も喜びやしねぇ。
 喜んでくれる奴はもう、誰もいない。
 みんな死んじまったからなぁ……」
「この村を復興することの方が、よっぽど仲間の手向けになる、か」
「そういうこった」
ははっと軽い笑いを零して、ビクトールは何かに気づいたように
真下に向かって手を振った。
気になってフリックも覗き込んでみれば、丸太や板を抱えたカイと
ナナミが手を振っている。
彼らも頑張ってくれているのだ、この村に生命を与えるために。



これが最善だなんて思っていない。

ただ、それ以外の道が無かっただけだ。



「強いな、お前は」
「まさか」
ぽつりと呟けば、速攻で否定の声が上がる。
「だって、前しか見てないだろ?
 前を向いて、目の前にあるものの中から最善のものを選び取る、
 そんな強さをもってるよ。
 ネクロードの事だって、自分の前に存在しているから戦う。
 きっと倒してそれが過去のものになったら、お前は振り返りや
 しないんだろうさ」
「……それが強さだっていうのなら、お前の言う通りかもしれないが、」
もう一度視線を下へ向ければ、カイとナナミは既に去ってしまったようで
誰の姿も見当たらない。
ついと上へ向けば、雲ひとつない青空がそこには広がっていた。
「やっぱり、違うな。
 俺は強くなんかないさ。
 前しか見ないのは、振り向くのが怖いからだ。
 思い出すのが辛いからだ。
 こんなのが強さだってんなら……、」
「違う!」
思わずきつくそう言葉が出て、フリックは己の口を掌で塞ぐ。
怪訝そうな様子で見てくるビクトールの肩に手を置いて、
軽く引き寄せた。
不思議なぐらい簡単に彼の体は腕の中に収まる。
少し警戒心が無さすぎやしないだろうかと、そうした本人が
不安に思うぐらいにだ。
「……なんなんだよ、違うって」
「お前は何も怖がってなんかいないだろ。
 全部の出来事をちゃんと受け止めているじゃないか。
 背筋を伸ばして真っ直ぐに、ちゃんと立ってるじゃないか。
 そうでなきゃ……この場所を渡したりなんかできるものか」
「だからそれは、」
「復讐でなく、こうする事が仲間への手向けになる、
 そう考えてる時点でお前はちゃんと過去を受け止めてるよ」
大事なものを失って、全てが憎いと思っていた時期はフリックにもあった。
だからこそ、余計に思うのだ。


(誰かコイツに……優しさをあげてくれ)


自分はいつも、もらってばかりだ。
いや、きっと自分だけじゃない。
彼の周りに集まる者はみんな、何かしらの形で優しさや温かさに
触れているだろう。
それに引き替え彼自身はどうだろうか。
優しさや温もりを、もらっているだろうか。
不思議とフリックには、彼の周りだけ冷えきった空気があるように
思えて仕方がなかった。





暫くして、粗方の片付けが終わった後に、新しくした城と軍の名前を
つけようという事になった。
その時初めて、世界の地図からこの地の名前が消えることはない事を知り、
彼に優しさが与えられたのだとフリックは感じた。
村から街に、街から都市に、きっとこの地は発展をしていくだろう。
その名を変えることなく。





ノースウィンドゥ城と名付けられたこの場所で、新たな同盟軍の戦いは始まる。

 

 

 

 

 

 

<終>

 

 

 

 

 

実際書いたのはかなり昔のものですww

 

 

 

-20130414UP-