彼の長所を述べよ。
そう言われると改めて言えることが思い浮かばない。
何故なら、自分が彼を買っている理由は、ひとつしかないからだ。

 

 

 

 

「ビクトール。
 お前の良い所は、俺の出す卑劣な策を真っ先に非難してくれることだ」
「……なんだよ改まって」
シュウの部屋でワイングラスを共に傾けながら、シュウとビクトールは
そんな話をしていた。
間もなく次の戦争が始まる。
長い時間をかけて集まった同盟軍は、今や大きなうねりとなって
止まることを知らない。
この動きが止まらない内に、王国軍を潰し飲み込んでしまうのがいい。
今、まさに正念場を迎えていた。
「一番最初、俺がノースウィンドゥに来た頃か。
 お前が真っ先に俺の存在を訝しんでくれた」
「……そうだっけ?」
「その後も、勝つためには手段を選ばんと言った俺を、事ある毎に
 責めてくれた」
「そんな事も……あったかな」
「おかげで、俺の仕事は随分とやり易くなった」
「へ?」
シュウの意外な言葉に、ビクトールは驚いたような表情でつまみに
伸ばそうとしていた手を止める。
顔を上げてシュウを見れば、彼は少し嬉しそうに目を細めていた。

 

「お前が疑ってくれたから、逆に俺を守る声も強くなった。
 最初から手離しで迎えられていたら、恐らく後から俺を疑問視
 する声は強くなっていただろう」

 

自分の出す卑劣な策を真っ先に否定してくれたから、逆に周りが
それしかない、と思ってくれるようになった。
同盟軍の主であるカイが逡巡するような作戦も、ビクトールが
まず苦言を呈してくれたから、逆にカイがそれを選び取ってくれた。
どれもこれも、彼がいたからこそ、かもしれない。
「お前がいるから俺はどんな作戦でも立てられた。
 そしてこれからも、何だってできると思える」
「………お前、」
それをある種の覚悟と受け取ったのだろう、ビクトールは改めて
椅子にきちんと座り直すと、真っ直ぐにシュウを見つめた。
「お前、何考えてるんだ?
 次の戦争で、何が起こる」
「…………。」
「俺ぐらいには話しておけよ、悪いようにはしねぇ」
「…………。」
「お前は知らないだろうが、俺は…」
膝の上に置いた手をぐっと握りしめ、ビクトールは躊躇いなく
その言葉を口にする。

 

「俺は、いつだってお前の作戦を支持していた。
 そうだ、お前が初めて此処にやってきて、王国軍と戦った
 あの時から、ずっとだ」

 

ただ、アップルの紹介とはいえある日突然湧いて出た相手に、
すぐに絶対の信頼を置けという方が間違いだ。
特にカイやナナミなどは、大変な思いをして仲間に引き入れることは
したらしいが、彼の能力自体にはやや疑問が残っていたようだった。
けれど、覚悟を決めた人間の目ぐらいは、ビクトールにだって
見れば分かる。
初めて大広間に現れた時のシュウの目は、必ず勝利に導くのだという
自信と、そして覚悟とがあった。
けれど今、彼の目にあるのは覚悟のみ。
これがどういう事を意味しているのか、想像だけなら容易い。
心配になってしまうのだ、どうしても。
「ビクトール、お前は見た目にそぐわず心配性だな」
「どういう意味だ、そりゃ」
「悪いが、作戦は詳しく言えん。
 何処でどう情報が漏れるか分からないからな。
 別にお前を信用してないわけじゃないが、念には念を、だ」
「おい!」
「ひとつ、これを渡しておく」
懐から一枚のカードを取り出して、シュウはビクトールに差し出す。
それを受け取り怪訝そうに眺めてから、困ったような表情で彼は
シュウを見遣った。
「俺は頭がいいわけじゃないからな、正直これがどういう意味なのか
 さっぱりだ」
「だろうな。だが、それでいい」
「は?」
「………分からなくても、特にどうという事もない。
 お前はお前の役割を完璧にこなしてくれれば、問題はない」
「シュウ」
「今夜はそろそろお開きだ、お前はもう部屋に戻れ。
 俺は……少し風に当たってくる」
そう言い残して、シュウは席を立った。
客人を一人そこに置いて、主はゆっくりとした足取りで部屋を出て行く。
なんでぇ、とその背を見遣った後にビクトールはグラスに残った
酒を一気に飲み干して立ち上がった。

 

アレは覚悟を決めた目だ。

 

「よっしゃ、じゃあ当日はひとつ完璧な働きでもしてやるか!」
カードに一瞥をくれると、それをポケットに突っ込んでビクトールも
部屋を後にする。
戦う覚悟も、守る覚悟も、この地を新しい国を作る場所として渡した
その時からできている。
今度こそ、失わないために戦うのだ。

 

 

 

 

そのためには、どんな事をしてでも。

 

 

 

 

 

 

<終>

 

 

 

 

 

随分長いことPCの中で眠ってました…。(汗)

 

 

 

−20090711UP−