1主名前=アルセノール・マクドール
2主名前=カイ
戦争と戦争の合間の休息の時間。
穏やかな日常を過ごす人々の表情は皆穏やかで幸せそうだ。
そんな中を休まず職務に就かざるを得ないのが、シュウやアップルを
始めとした、所謂軍師と呼ばれる者たちだ。
今日も変わらず部屋に篭ってペンを走らせていたシュウは、
いい加減に嫌気が差したのか、握っていた羽ペンを机の上に置いた。
立ち上がって窓際に寄り、外を眺める。
ふと、視線の先に2人の少年が目に入った。
一人はカイ。
この同盟軍を率いるために、無くてはならない存在。
そしてもう一人は、アルセノール・マクドール。
3年前の解放戦争を戦い抜いた、27の真の紋章のひとつを
手にした少年。
まさしく、2人の英雄が揃ったといったところか。
手を組むためにトラン共和国に出向いた際に出会ったという話だった。
こうして目の当たりにすると、とても壮観。
口元に皮肉な笑みを乗せて、シュウはそこに頬杖を付いた。
彼らは出会うべきして出会ったのだろう、偶然というよりも必然に見える。
年齢的な事を考えれば、まだまだ幼く少年と呼んでも良いような2人に、
だが周りは遠巻きに2人の存在を眺めるだけだ。
まだ、ナナミが一緒にいる時なら近づきやすくもあるだろう。
けれど、片やこの同盟軍を纏める主、それにもう片方が3年前の
戦争での英雄とくれば、否が応にも近寄りがたくなるものだ。
(やれやれ……、2人とも人付き合い自体が苦手だからな…)
リーダーというのは、即ち象徴だ。
そこにあるだけで、存在するだけで皆を引っ張る。
今この同盟軍の中では、恐らく彼らしか持ち得ないもの。
謂わばカリスマともいうべきものを、持ち合わせていなかったからこそ
自分は軍師の役は引き受けてもリーダーとなる事は拒んだのだ。
(………?)
暫く眺めていると、向こうの方から大きな声がした。
カイとアルセノールを呼ぶ声だ。
静かに語り合うようにしていた2人は、その声の方を振り返る。
すると呼んだ張本人が、手を振りながらやってきた。
2人共に面識のあるビクトールが、やたらとにこやかな笑顔で
歩いて来て、2人の間にどっかりと腰を下ろす。
何を話しているのかは分からないが、カイもアルセノールも
ビクトールの傍らで明るい表情を見せながら何事かを話し出す。
少し眺めていると、ぽつりぽつりと風に流れて聞こえてきていた
話し声が、突然大きな笑い声に変わった。
(……驚いたな、あんな笑い方もするのか)
カイの方は何度か見たことがあるけれど、アルセノールの方は本当に
意外だとしか言いようが無かった。
初めて見た時は、協力を申し出てくれたこと自体が不思議な程に
どこか沈みがちな雰囲気を纏っていたというのに。
ビクトールが加わった事で、シュウの目の前で不思議な変化が起こった。
あの大きな笑い声を聞きつけて、まずはナナミがやってきた。
すると更に賑やかさを増したのに惹かれてか、ムササビ集団もやってくる。
おまけに城内を夫婦水入らずで散歩でもしていたのだろう、フリードと
ヨシノの夫妻がそこで立ち止まり、お茶とお菓子を差し入れしていった。
その匂いに釣られるようにやってきたのがシーナで、アルセノールの姿を
見かけると再会を喜ぶようにバシバシとその背中を叩き、暇つぶしに
その場所を選んだのか、傍らに腰を下ろして茶菓子に手を出し始めた。
ムクムクと本気で菓子の取り合いを始めたカイやナナミを何とか宥めつつ
ちゃっかり自分も食べているのだから、ビクトールも大したものだ。
ちょっとした騒ぎになっているのを聞きつけたのか、フリックが其処に
やって来て、話に混ざろうとビクトールの隣に腰を下ろしたのだが、
瞬間、何かを感じ取ったように立ち上がる。
(……ニナだな)
その姿は遠目から見ていても焦っている風であり、何事かの言葉を
ビクトールと交わすと、急ぎ足でフリックはその場を去って行った。
程なくして現れたのは予想通りのニナ嬢である。
きっとフリックの行き先でも問い質そうとしているのだろう、ビクトールに
ニナが詰め寄っている。
ビクトールはニナの肩をポンポンと叩くと、馬鹿正直にフリックの去った
方向を指さしていた。
迷わずそっちに駆け出していくニナを見送って、また何事も無かったかのように
彼は皆の方へと向き直った。
フリックが逃げ切れるか、それともニナに掴まるのか、そこにはあまり
関心が無いのだろう。
(おや……?)
また少しの時が過ぎた頃、興味深そうにシュウは双眸を細めた。
ニナが一人で戻ってきたのだ。
どうやらフリックには撒かれてしまったらしい。
少女は何事かを不貞腐れたように言うと、輪に加わって茶菓子に手を伸ばす。
どうやら今暫くは彼らに混ざる事にしたらしい。
驚くほど見事に、ビクトールが現れたのを境目に雰囲気は一変した。
明るく楽しそうな2人の英雄を見ていると、彼らも唯の子供なのだと
そんな風に感じてしまう。
もちろんそれだけではいけないのだが、戦争のない今ぐらいは
良いじゃないかと思うのだ。
子供らしい幸せを取り上げてはいけないのだと、そう思う。
少し目を離したスキに、気がつけばビクトールの姿は無くなっている。
だが、彼の姿は無くとも、彼が齎した優しい空気だけは壊れる事は無かった。
コンコン、と部屋の扉が小さくノックされる。
開いていると告げれば、遠慮なく豪快にドアが開け放たれた。
「よう軍師さん、暇そうだよな。
一杯付き合わねぇ?」
にへらと笑ってワインボトルを振るのは、先程まで外にいた
ビクトールだ。
どうせ彼の事だから、自分が此処から見ていることも
知っていたのだろう。
「……俺の口は少々煩いぞ?」
「説教さえするんで無きゃ、問題ねぇさ。
コイツはさっきレオナから貰った極上の品さ。期待しろよ」
「ほぅ」
テーブルの上に嬉々としてボトルとグラスを並べるビクトールに
小さく笑みを零して、シュウは窓際から離れた。
口に出しては言わないけれど。
彼がくれるチカラは、きっと誰もが欲しているものだろう。
無論この自分も、例外でなく。
<終>
シュウさん視点で。
−20090307UP−