1主名前=アルセノール・マクドール

 

 

 

 

 

 

「お〜、燃えてる燃えてる」
小高い丘の上に立ち、崩れゆくグレッグミンスターの城を眺める。
剣を持って立ち向かってくる残兵どもを蹴散らして、どうにかこうにか
逃げおおせはしたものの、気がつけば城の裏側に出てしまっていた。
アルセノールには必ず合流すると言ったものの、今、反対側に
回り込んでは仲間達と出会うよりも先に、帝国兵に見つかってしまう。
まだ戦う元気があるならそうしても良いが体はもうヘトヘトで、
もうひとつ言えば共に逃げて来た仲間が少し重傷だった。
動けはするだろうが、戦える状態ではない。
「大丈夫か?フリック」
「………何とか」
抜けというので言われるままに脇腹に刺さった矢を抜いてやったら
あまりの痛みに先程までのたうち回っていたのだが、どうやらそれは
落ち着いたらしい。
自分のマントの端を破り、止血のために体に巻きつけている。
「見ろよフリック、解放軍の勝利だ」
「ああ……そうだな」
傍らに座り込んだままのフリックは、ビクトールの言葉にそう答え
手にしていた愛剣に視線を向けた。
愛した人の名をつけた剣を通して、きっと彼女の事を思い起こして
いるのだろう。
「……で、どうするんだ、これから?」
「どうするって……なぁ」
フリックの問いにビクトールは首を傾げる。
どうするも何も、全く考えていなかった。
これから自分はどうするのか、そして何処へ行くのか。
ほんの先程までは、戦いにばかり目が向いていてその先の事など
考えもしていなかったのだ。
まさか、今この場所がゴール地点だなんて、予想の範囲外だ。
「そういうフリックは、どうするんだ?」
「……考えてない」
「だと思った」
ははは、と軽く笑い声を上げて、ビクトールは腰に刺していた剣を
鞘ごと引き抜き地面に放り投げる。
その時「ぞんざいに扱うな!」などという抗議の声が剣から上がったが、
もちろんそんなものを聞いてやる気はひとつもない。
疲れ果てた体に剣は少々重いのだ。
「少し待って、皆と合流するか?」
「いや……うん、それなんだけどよ、」
フリックの隣に座り込み、ビクトールが困ったように頭を掻いた。
「俺は、このまま北へ向かおうと思う」
「北…?」
「正確には、都市同盟の方だな」
「都市同盟……」
ネクロード討伐の報告をしに故郷へ戻った時、そのついでに寄り道をして
旧知の仲間を訪ねた。
その時に少しばかり話をしたのだ、この戦がもうすぐ終結することを。
すると相手は暫く考えた後に、自分にこう訊いてきた。
『こっちへ戻ってくる気はないか?』と。
詳しく話を聞けば、ハイランド王国と敵対関係にある都市同盟との
小競り合いにも近い戦争が、最近になって激しさを増してきたらしい。
その為、今は少しでも戦力が欲しくて傭兵を募っているのだと。
「この戦争が片付いたらな、雇われてやるって約束したんだよ」
「……また、戦争か」
「俺は結局そういう世界でしか生きられねぇのさ。
 まぁ、戦争なんてするモンじゃないがな。
 嫌気が差してりゃマッシュみたいに隠居しても良いんだが、
 少なくとも今の俺はそんな風には思ってない。
 俺の力を欲してるというのであれば…応じてやろうと思う」
「ビクトール……」
「お前は色々あるんじゃないか?
 アルセノールんトコに戻れば、解放軍の重鎮として要職に就ける
 だろうしなぁ。
 もしくは、村に戻っても良いんじゃないか?」
「村?」
「アレだろ、成人の儀式の途中なんだろ?」
「な…ッ、なんでそれを…ッ!?」
「前にオデッサから聞いた」
「………アイツめ……」
驚いて詰め寄ってくるフリックにさらっと答えて返せば、何とも言えない
苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて押し黙った。
話した相手が相手なだけに、それ以上悪態はつけない。
傍らの剣を弄りながらまだブツブツ言っているフリックに苦笑を見せると、
ビクトールは放り投げていた自分の剣を拾って立ち上がった。
「動く分には問題無さそうだな?
 それじゃあ、俺はそろそろ行くぜ。
 アルセノール達に会ったら宜しく言っておいてくれ」
「……ビクトール、」
「じゃあな」
「ちょ……待てよ!!」
背を向けて立ち去ろうとするビクトールに慌てて声をかけると、
フリックはその場に立ち上がった。
走ろうとしたが、途端に突き刺すような痛みが体中を駆け巡って
思わず脇腹を押えて立ち竦む。
歩みを止めて振り返ったビクトールが、不思議そうな顔をした。
「どうした?」
「お前ッ、さっきから聞いてりゃサクサクと勝手に話を進めやがって。
 俺の意見は聞こうともしないのかよ」
「意見て。なんだよ、なんかあるのか?」
「俺は………」
手にした愛剣を握りしめ、見つめる。
思い出されるのは愛しい人の顔だ。
あまりにも強く、聡明で、どうして自分などと…と今更ながらに
思ってしまうような。
アルセノールと共に戦いここまでやって来て、やっと彼女の
目指したものの大きさを思い知らされた。
あまりにも……あまりにも、この差は大きい。

 

「俺は、無知だった。
 あまりにも世界を知らなさ過ぎた。
 俺は……俺は、もっと強くなりたい」

 

ざっ、と芝を踏みしめて、一歩一歩ゆっくりとビクトールの元へと
近づいて行く。
それを怪訝そうな表情を浮かべ、黙ったままでビクトールは聞いた。
「村の掟なんか知ったことか。
 あんなものより……もっと大事なものがあるのだと俺は知った。
 俺はこの目で、できる限りの世界の動きを見たい。
 その為にはアルセノールの元じゃ駄目だ。
 これからのこの場所に、動乱はない。
 俺は……世界のうねりをこの目で見たい」
「………フリック」
「なぁ、ビクトール」
彼の前で足を止めて、フリックはビクトールの肩に手を置いた。
「都市同盟の方に行ったら、俺のこともしっかり紹介してくれよ?
 腕利きの傭兵だって、な」
「お前……」
「オデッサの意志を継いだのは俺じゃなくてアルセノールだ。
 だったら俺は、俺の思うように生きることにする」
言葉を失くしたままのビクトールにそう言って笑いかけると、
フリックは行くんだろ?と彼の背中を押す。
漸く我に返ったビクトールは少し困ったような顔をして、それから
いつもと同じような笑顔を見せた。
「言っとくが、北方の街道はマッシュの流した情報のせいで
 警戒が厳しくなってるから通れねぇぞ?
 ちょいと険しい道程になるからな、覚悟しろよ」
「ははッ、望むところだ」
それがちょっとどころの話じゃない事をフリックが思い知るのは
もう少し先の話になる。

 

 

 

 

流れ流れて行く先は、また辛く厳しい巨大なうねりの中なのだろう。
いつかは過去を懐かしむ事があるのかもしれない。
だが今は。

 

今は振り返らずに、ただ前へと進むだけ。

 

 

 

 

 

 

<終>

 

 

 

 

 

幻水1再クリア記念。

彼らにとっては其処が終着点でなく、出発点だったのだと。

そんなカンジならいいな。

 

ラブにはまだちょっと遠い関係。

だって出発点ですから。(笑)

 

 

−20090220UP−