それは、ある晴れた日の話だった。

始まりは、ナイトからの一本の電話。

 

 

「曾孫が生まれましたよ。光也と名付けられました」

 

 

11月29日。

漸く、皆が待っていた日が訪れたのだ。

 

 

 

 

 

 

<A maximum praise is described to the new life.>

 

 

 

 

 

 

その昔、突然現れた「もう一人のナイト」は、私達に沢山のものを残して
また突然、姿を消した。
二度と会えないんだ、というキングの言葉に私は大声を上げて泣いて、
その数日後に帰って来たナイトは、あまりにも私達の良く知る以前の優しい
ナイトと同じだったので、私はその時もう一度泣いた。
以前の優しい、穏やかなナイトが戻って来たことが嬉しかった、という事もある。
けれどそれは間違い無く、今まですぐそこにいたもう一人のナイトがいなくなって
しまったという事実の裏付けで、その寂しさや哀しさだって確かにあった。

 

もう二度と、会う事はない。

 

ナイトが消えた翌日に聞かされたキングの言葉を、こんな風に自覚することに
なるとは思わなかった。
それから随分と後になって、私とキングは両親に呼び寄せられイタリアへと戻り、
暫く経った後になってからぽつりと独白するかのようにキングは私に言った。

 

「70年と、ちょっと後。
 確かに………待とうと思えばできない時間じゃあ、ないな」

 

100年と言われるよりは現実的だ。
キングの言葉に当時の私は意味が分からなくて、首を傾げるより他になかった。
何より、70年も経てば私達はよぼよぼのお爺ちゃんとお婆ちゃんだ。
わけが分からないといった顔をしていたのだろう私の顔を見て、キングは
「ビショップにもいつか分かるよ」と笑った。
あのナイトは、70年と少し後の未来からやってきた、救世主なのだと。
その時の私には「まさかぁ」と言って笑うしかなかったのだけれど、
だけど今になって何となく分かった事がある。
キングも、そしてクイーンも、それを信じていたんだ。
そして70年と少し後になって、その時がきたけれど。

 

 

キングとクイーンは、この時を迎える事なく死んでしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう一人のナイトが生まれてから更に5年が経って、私の元に
一本のテープが送られてきた。
まだ小さなナイトが弾いた、バイオリンの演奏テープ。
訊けばナイトが教えたらしい。
再生して聴いてみれば、まだ覚束無い指使いなのだろうか
たどたどしい旋律が流れ出す。
そして時折失敗しては、ナイトの優しい声ともう一人、小さな子供の
笑い声が聞こえて。
ああ、これがいつか私達を導いてくれたもう一人のナイトなのだと
思ったら、自然と涙が溢れていた。

 

 

誰かがこの世に生まれてきてくれた事を、こんなに感謝したことは無い。

 

 

できれば今すぐ日本に行って、このまだ幼いナイトを抱き締めてありがとうと
叫びたいぐらいだ。
何度、何回お礼を言っても言い足りない。
私もキングも、そしてクイーンだって、間違い無くこの子に救われたのだ。
「ありがとう」と「大好きだよ」を、キングとクイーンの分も含めて
何度だって伝えたかった。
あの時この子が言ってくれたから、私は今まで真っ直ぐに生きてこれた。
今だってちゃんと覚えてる、ナイトが言ってくれた言葉。
だから私は今も此処で、こうやって幸せを掴む事ができている。
肩を竦めて小さくならずに、私らしく生きることができたから。

 

 

 

 

 

 

私がこのテープを聞く時は、必ず黒の騎士のチェス駒を傍に置く。
これは大戦に従軍して亡くなった兄、キングの形見だ。
昔、お守りだといって未来から来たナイトに貰ったらしい。
きっとキングだって、もう一人のナイトが生まれた日を、
そして彼の奏でるバイオリンをもう一度聴くことを、
心から願っていたに違い無いのだ。
時折、考えてしまうことがある。
兄があの戦争を生き残って、そして生きてこの日を迎える事が
できていたら、彼は何と言っただろうか。
生まれた小さな命を腕に抱いた時に、何と言うのだろうかと。
何よりもその日を待ち望んでいたのは、私でもクイーンでもなく、
キングだった。
今となってはキングが何を言うのかは分からないけれど、きっと
第一声はみんな一緒だと思う。
キングも、クイーンも、そして私も。
だから私はこのテープを聴く度に、何度だって言うのだ。
生まれてきてくれてありがとうという言葉を暗に含んで、心から。

 

 

「…………おかえり、ナイト」

 

 

 

 

 

<終>

 

 

 

 

 

原作完結を記念して(?)。

実際は光也がビショップの存在を知る前に彼女も亡くなって
しまっていたので、再会は無かったのでしょう。

何よりメンタル部分を重要視する自分としては、仁と光也の関係は
最高に良かったです。
離れ離れになっても、時代を超えても続く友情が良かったです。
良い作品に出会えて本当に幸せモンです、私は。