彼曰く、これは『癖』なんだそうだ。
床の上でも椅子の上でも、両膝を立てて座る。
だから必然的に、背中が丸まってしまう。
姿勢も悪いし普通なら背中だって辛いだろうに、彼はそうやって
何時間でも座り続ける。
今も、フローリングの床に座って、同じく床に置いたノートパソコンを
じぃっと覗き込んでいた。
かれこれ3時間は経つだろうか。
手錠で繋がれ行動を共にする事を強いられている身分としては、
些か厳しいものがある。
床の上に3時間座りっぱなしなのは我慢できる。
だが、さすがに会話も無くやる事も限られていると困ってしまう。
なにせパソコンの回線を繋げたその時から今まで、彼は一言も喋らずに
ただ黙々と画面と睨めっこなのだ。
真剣な表情のその姿は、捜査本部での姿と何ら変わりは無い。
とはいえ今の僕にはその丸まった背中しか見えてないのだけれど。
ただの、インターネットのチェスゲームごときに。
捜査に出ている仲間達の報告待ちで、少し時間があるからと
パソコンを立ち上げた竜崎を黙って見ていたのがそもそも間違っていた
のかもしれない。
「こんな勝負にいつまで時間をかけるつもりだ」
「いえいえ、この人はこの人で結構手強いですよ?」
「嘘つけ」
「ええ、嘘です」
あまりに退屈なのでそう声をかければ、淡々と答えが返って来る。
そっちに意識がいっていても、集中しているわけでは無いという事か。
顔の見えない知らない相手とのゲームなんて、駆け引きができない分
スリルに欠ける。
だから自分としては余り好きでは無かった。
「…さっさと決めてやればいいのに」
「それじゃ、修行になりませんから」
「何の修行?」
「ええと……弱い相手と長時間勝負をする、修行?」
「無意味、だな」
「そうとも言いますね」
ですがこれが結構クセになるものでして、とか何とか言いながら、
あと3手も動けばチェックメイトだというのに逃げ回って、だがそうと
相手に気付かせないところがまた彼らしいといえばそうだろう。
「暇なんだよ、僕が」
仕方ないのでそう呟いて、竜崎の背中に凭れかかる。
温かい背中に耳を当てれば、静かな室内なので心音がゆったりと刻まれているのが
感じられる。
ああ、このまま眠ってしまいそうだ。
「……ビギナーさんは、駒をどう動かすか予測がつかなくて、面白いです」
「そう?」
「頭の体操だと思えば」
「お前、性格悪いな」
「あなたに言われたくありませんよ」
カタカタとキーボードを叩く音をさせながら、あくまでマイペースに彼は答える。
やれやれ、と肩を竦めて僕は瞼を下ろした。
このまま寝てしまえば、少しはコイツも困るだろうか?
「勝負なんて、真剣にしなきゃ楽しくないだろう」
「それなら音速で勝負が終わっちゃいますよ」
「じゃあ上級コースへ行けば」
「結果的には一緒です」
「……まぁ、好きにすればいいさ」
諦めて、会話をそこで打ち切る。
半分以上眠りの渦に飲まれていたので、少し投げやりだった感は否めないが、
それは仕方無いだろう。
僕を放っておいた罰だとでも思っておいてくれれば良い。
暫く静かに心音だけを聞いていたこの耳に、やや間を置いて小さな声が響いてきた。
「真剣勝負は、今は月くんとするので手一杯ですよ」
だから、これでいいんです。
眠りに落ちる直前に聞いたのは、そんな言葉だった。
<終>
頭の良い話は書けないと実感しました。(遠い目)
一応これでも、月→Lのつもりだったんですが……あれ??