レギュラーメンバーの内の2人を除いた他全てが、
ひとつの机を囲むように座っていた。
机の真ん中には、四つに畳まれた紙切れが人数分。
それを各々が、手に取る。
同時にそれを開いて、口元に深く笑みを浮かべたのは菊丸だった。
「んっふっふっふっふ……やったァ〜〜!!
俺が引いちゃったもんね〜〜!!」
ウキウキと言いながら紙切れを皆に見えるように差し出すと、
そこには間違いなく『王様』と書かれていた。
「あーくそ、英二かァ」
「なんだか、ロクな事言いそうにないんだけどね」
「うう…でも絶対服従なんッスよね?」
「…………やはりやるべきじゃなかったな……」
好き勝手に周りが嘆くのも気にする風も無く、菊丸がニヤリと笑って
口を開いた。
「えっと、それじゃあ………」
それが、丁度5分ほど前の話である。
頭が真っ白で、思考が上手く働かなくて。
すぐ間近に手塚の端整な顔があって。
部室の扉に凭れるようにして、ズルズルと乾はその場にへたり込んだ。
「………これで良いのか、菊丸」
「いや、その、良いっていうか何ていうか………」
「お前が言ったんだろう」
「いや、まー、そりゃそうなんだけど……」
困ったように菊丸が頭を掻くと、手塚の傍で声が上がった。
「あのさ、手塚」
「何だ」
「……何で俺がこんな目に合ってるのか、
まず、その説明をしてもらえないかな」
そんな乾の発言は至極尤もな話であって。
「…………菊丸」
邪魔くさいと思ったのか、手塚は話を菊丸に振った。
邪気の無さそうな(実際はしっかりあるのだが)表情で菊丸が言った。
「えっと、それじゃあ………。
4番の人〜〜、この部室内の誰かにぶちゅっと一発熱いの
かましてもらおっかなー。
あ、モチロン『俺以外』だからね」
「うわぁ………お約束もそこまで突っ走るといっそ滑稽だよ、英二…」
「ナニ言ってんのさ。
これが醍醐味ってヤツでしょー」
「…意味解って言ってんのか…?」
へへへと笑う菊丸に、もはや何を言う気力も無くしたか、不二も大石も
重いため息を零した。
それ以上何も言わなかったのは、所詮自分達が『4番』でなかったからだ。
「なんで『菊丸先輩以外の誰か』なんスか!?」
「えー、だってそこまで指定しちゃうとカワイソウじゃん。
だからせめて選ばせてやろうと思って。俺の温情だにゃ」
「俺らにとっちゃ拷問ッス……」
ツッコミを入れた桃城が、半分泣きそうな顔でそう答える。
もちろん彼も4番ではない。
だが、相手を指定しなかった以上、『されない』ことを確約されたわけじゃない。
する方も当然ながら、される方もたまったものじゃない。
「桃が4番?」
「んにゃ、違うッス。そうだったら泣いてますって今頃」
「じゃ、海堂?」
「……いえ、」
「おチビ?」
「違うッスよ」
「あれ、じゃあ…………」
ぽつりと呟いて、唐突に菊丸が固まった。
そういえば、先刻から一言も発していない男が居るじゃないか。
まさかまさかと呪文のように心の中で唱えながら、菊丸は恐る恐る口を開いた。
「…………手塚…?」
呼ばれた男は、小さな紙切れを凝視したまま。
その口元から重い重い、吐息。
「お前は……ロクな事を言わんな………」
無造作に放り投げた紙切れには、『4番』の文字。
菊丸的に、ここでフェードアウト。
「ただいまー。
皆、買って来たよー」
「やっぱり、外も中も暑いのは変わりないな」
部室の扉を開けて入ってきたのは、河村と乾。
公平にジャンケンをして負けた2人は、一番近いコンビニまで買出しに
出ていたのだ。
2人とも、重そうにビニール袋を両手にぶら下げている。
が、いくら鈍そうな2人でも、この部室内の異様な空気には気が付いたらしい。
全員が全員、自分達の方を注目していたからだ。
「え?え?何??」
不二に手招きされて、きょとんとした表情をしながら河村が机に近づき、
ビニール袋を上に置いて視線を不二に向ける。
だが、不二は河村ににこりと笑みを見せただけで、特に何も言わなかった。
実際のところ、手塚もどうしたものか悩んでいたところだったのだが。
『この部室内に居る、誰かに』
菊丸がそう言った事を思い出して。
「………乾、丁度良い時に帰ってきたな」
ガタリと音を立てて、手塚が椅子から立ち上がる。
当の乾はというと部室の出入り口の扉、その場所から動けずにいた。
手塚の視線に射竦められるように。
と、いうよりは、嫌な予感がして身動きが取れないといった方が正しい。
「…何、」
ぽつりと、何とかそれだけは口にする。
しかし内心逃げ出したい衝動に駆られていた。
それでもそうしなかったのは、視界の端に映る他のメンバーの全員が、
自分に向かって哀れみの視線を向けている、その理由が気になって
しまったからだ。
手塚がゆっくりと歩み寄る。
敢えてその視線を真正面から受けて、乾は両手のビニール袋を
強く握り締めた。
「乾」
「だから、何?」
「……悪く思うな」
「え、何、ちょ………ッ!!」
突然唇に触れた温い感触に、思わずきつく目を閉じてしまう。
頭で理解する前に、口内にぬるりとしたものが忍び込んでくる。
びくりと身を竦ませたが、そんな事で許される筈もなくて。
思わずボトリと袋を落としてしまったのは、もう仕方無かっただろう。
「………ぅ…っ、……!!」
開いた手でバシバシと手塚の肩を叩き離せと合図を送ってみるものの、
逆に強く扉に背中を押し付けられて、身動きが取れなくなる。
舌の絡まる濡れた音が、妙に耳障りだった。
「………っは、」
身構える余裕すら無かった為に呼吸すら怪しいもので、唇の端から
苦しい呼吸が漏れる。
それに漸く、手塚が身を離した。
特に乾に声を掛ける事も無く、手塚が後ろを振り返って零した言葉は。
「………これで良いのか、菊丸」
まぁ、そういったわけで。
「………はぁ、なるほど」
菊丸が申し訳無さそうに説明するのを頷きながら聞いて、乾は漸く
立ち上がった。
ガサリとビニール袋を机の上に投げ出し、空いている椅子にどかりと腰を下ろす。
「俺はとんだとばっちりを食わされたって事か」
「あぅ……そう言うなよ〜〜。
俺だってまさかこうなるとは思わなくってさぁ……。
ホントにタイミング悪い時に帰って来るんだもんなーー」
「………反省の色が無い」
「わわわ、ゴメン!!悪かったっっ!!
だから本の角で殴ろうとするなーーー!!」
にぎゃーーと叫ぶ菊丸に思わず苦笑が漏れて、乾は肩を竦めた。
「まぁイイよ。減るモンじゃないし。
…とりあえず菊丸には、昼から特別メニューをこなしてもらうとして」
「うわーーー鬼ーーー!!!悪魔ーーーー!!!!!」
「菊丸はもうちょっと、遊び方を考えた方がイイね」
クスクスと不二が笑うと、
「何言ってるんだ不二。ノった皆も同罪だろう?
午後からは皆、覚悟した方がイイよ」
「え…………マジ?」
「丁度良かったよ。新作が出来たところでさ。
試したかったんだよな」
どこか弾んだ声音で喋る乾。
だが、目は笑ってない。
地獄絵図を想像して、部室内を男達の絶叫が響いた。
そんなこんなで昼休みも終わり。
「……乾」
皆コート内へ入った後、最後に残った手塚が乾に声をかけた。
「何?」
「悪かったな。
少し調子に乗りすぎた」
「またえらく殊勝な事言うじゃないか。
新作から逃れようったって、そうはいかないからな」
「……お前、怒ってるだろう」
「手塚、お前ね」
大仰なため息をついて、乾が手塚を見返した。
データの詰まったノートで、軽く肩を叩く。
「気にしてないって言っただろ、俺。
お前が同罪なのは、妙な遊びにノったからだ。
罰ゲームみたいなモンなんだし、お前だって被害者だよ」
「……そんな事はない」
「は?」
「役得だと思った」
「………言ってろ、バカ」
追い払うように手を振って、乾がベンチに深く腰掛けた。
真面目な顔でさらっと言われると、非常に困る。
思わず赤面しそうになる顔をノートで隠して、乾は何度目かのため息を零した。
<終っとけ>
なんでかなーー。
なんでこう、ギャグっぽいノリになっちゃうのかなぁ……。(笑)
でも、こういうノリも実は大好きでして。
三国志でシリアス慣れしてきた自分にとっても随分楽しめました。
う〜ん…テニプリでシリアスとかって書けなさげなんかな自分……。(汗)
なんか、己の学生時分を思い出して、妙に気恥ずかしいっていうか、
気が付けば、ありえねーなありえねーよって桃っぽく口走ってたり。