ほんの数時間だけ、仲良くなった人がいる。
本当に、本当にそれは短い時間だったけれど、それでも確かに
彼女は私の友達だった。
友達の名前は、姫園リルカという。
以前、学校が軍人に襲われた事があった。
その時に追われていたのがゾンビ屋してる友達の、
姫園れい子の双子の姉・リルカだった。
姉妹仲はお世辞にも良いとは言えなかったけど。
何せ、姉妹で殺し合いしてたんだもんね。
だけど、私とリルカは友達だった。
きっかけはほんの些細な事だったんだけど、リルカが友達で
私は本当に嬉しかった。
そんな彼女は、私達を守って、死んだ。
悲しくて悲しくていっぱい泣いて、そして私もひとつ変わった。
れい子や豪人くんのように、私にも守ってくれるゾンビができた。
でも2人みたいに自分の意思で呼び出せるんじゃなくて、私が
ピンチになった時に、勝手に助けにきてくれる。
勝手に…っていうのはちょっと違うかな。
れい子や豪人くんは不思議がってたけど、私には解った。
きっと、もう死んでしまった身体でも、それでも彼女にもきっと
意思があるんだと、思ってる。
だから、彼女の意思で、私を助けにきてくれてるんだって思う。
私も最初現れた時は、本当にビックリしたんだけど。
助けてくれたゾンビは、リルカだった。
もちろん、死後の彼女の身体を手に入れた覚えは無い。
被害者の一人として、リルカも他の生徒の遺体と一緒に
処理されていった。
それから、たくさん。
本当にたくさん助けてくれた。
それが、私には本当に嬉しかった。
れい子から、ちょっとだけリルカの話を聞いた。
まぁあんまり良いコト聞けなかったけど…それはそれで構わない。
もしかしたら今リルカが生きていれば、未来は変わっていたかも
しれないのだけど。
ねえリルカ。
私は一度も貴女に言えなかったコトがあるんだ。
今となっては、言えなかったことを少し後悔している。
学校を卒業してかられい子は仕事の行動範囲を広げて、
前より頻繁に会えなくなった。
こうやって見ると、酷く平凡な日々だった。
生きるか死ぬかの瀬戸際で戦った、あの日々はもう随分昔の思い出だ。
召喚のスターは消えていないけれど、危険に晒される事のない今では、
リルカの姿さえ見る事がない。
もう会えるかどうかわからないけど。
また会えたら、今度はリルカに届くように声を出して言おう。
私の友達になってくれて、ありがとう。
昔から私は、誰かと対等な位置に立って話すという事は無かった。
どちらかといえば、見下していた。全てのものを。
私には強い力がある。
それをひけらかす事を恐れず、そして全てのものを地に跪かせた。
まだ幼かった私には、家の中が世界の全てだった。
だからまず、家の使用人のすべて下僕に変えた。
最初は嗜めるように私を叱った家政婦も、私の力を見せ付ければ
簡単に床に額を擦りつけた。
なんて、単純なんだろうと思う。
私に指図するその言葉は、そんな簡単に覆るのか。
何をしても変わらないのは、やはり血の繋がった家族だった。
煩わしい両親は、私が殺した。
唯一揺るがなかったのは、妹のれい子。
その時から、私の標的はれい子のみに絞られていた。
もちろん、揺るがないものは嫌いではない。
力も権力も、もちろんその内に含まれる。
人を殺める力という点では、間違いなく私も『揺るがないもの』の
ひとつだっただろう。
難解を極めたのは、『意志』というものだった。
以前出会った女に、偽善でも何でも構わないと強く言い放つ奴がいた。
偽善で良いから自分のやりたいようにやるのだ、と。
紛れも無くそれは、『揺るがない』意志だった。
本人には言わなかったが、これでも好感は持っていた。
名は……確か、雨月竹露といっただろうか。
車を止めて、私は車内から空を見上げた。
澱みきった腐ったような空の色。
当然といえば当然だ、ここは地獄なのだから。
新参者の魔女カーミラを追い回していたが、どうやら見失ってしまったらしい。
ぼんやりと空を眺めながら思うのは、これで煩わしいものをアイツの周りから
消し去ることができたという、安堵感だった。
れい子とツルむようになって、目に見えて竹露の周りに危険が蔓延るようになった。
もちろん、竹露に何か起こる前に助けてやる…努力は、している。
奴には多少なりとも、借りがある。
一度、身の危険を感じていた時に、私は竹露に助けられた。
その恩返しと……建前では、そう位置付けている。
元々最初から、色んな意味で奴には驚かされっぱなしだった。
私の言葉に異論を唱えるものは、今までれい子以外にいなかった。
私が危険だから教室から出るなといった言葉も、綺麗に無視してくれた。
だけど一番驚いたのは、やはり「友達」と言われた事か。
「私、友達に嘘はつかないの」
そう、私に向かって言ったのだ。
これまでの話から察してもらえるとは思うが、私には下僕は山ほどいても
友達と呼べる存在なんていなかった。
いなかったし……何より私が必要としていなかった。
もちろん、私に取り入るためのステップとして、そう言い出した人間も
いるにはいたが、そんなものが見破れないリルカ様ではないからな。
だが、れい子との共同戦線の最中で竹露に言われたその言葉には、
妙な重みがあった。
下心も打算も無い、純粋な重さ。
そして私を助けると言った言葉には、嘘偽りは微塵もなかった。
……ああ、コイツは信じても良いんだ。
今まで感じた事のない高揚。
それと同時にその思いに報いなければという、焦り。
それが結果、己の命を落とす事になってしまったのだけれど、
最終的に竹露も守りきる事ができたから、さして悔いは残っていない。
あるとすれば……多分、れい子を殺せなかったぐらいだろう。
そして、竹露を守るとあの時決めたこの思いは、今も褪せる事無くこの胸にある。
一度は見失ったカーミラの気配を肌で感じ取って、私は車のエンジンを入れた。
今や私は、この世界の王者…言うなれば女王といったところだろう。
新参者はこの手で嬲るというのがポリシーだ。
奴には一度、制裁を加えねばならない。
そうして初めて、この地獄の住人だ。
…多少の私情が挟まっているかもしれないが、それは見逃してほしい。
竹露。
言葉では表せなかったが、私はこれでもアンタに感謝してるのよ。
まさか最期に友達ができるとは思ってなかったから。
だからその礼も兼ねて守ってやってるのよ。忘れないで欲しいわね。
きっとこの先アンタとは、二度と会う機会は無いだろうね。
アンタが死んで来る場所は、此処ではない筈だから、
一度ぐらい、キチンと言っておくべきだったかもしれないわね。
竹露、私の友達になってくれて、ありがとう。
これからの人生に、幸多き事を。
そう願って、私は車のアクセルを力一杯踏みつけた。
<終>
元はホラーコミックスの『ゾンビ屋れい子』。
今ところこの作品を知っているのは高校時代からの悪友の一人と、
義兄弟のKさんしかいません。(苦笑)
ホラーだけど、グロいけど、でもこのマンガは純粋に面白いと思った一作です。
そして佐伯、この話が書きたくて仕方なかったために、お題挑戦に踏み切りました。(実話)
もちろんこの一作だけ書き下ろしてしまえばそれが一番ラクだったんですが、
せっかくのこういう機会ですから、色々書きたいなと思いまして。
竹露とリルカの友情は、本当に見ていて気持ちよかったです。
あのリルカが土壇場で変わるとは思いませんでしたから。
それだけ竹露の威力があったというコトか。
もうちょっと友達付き合いしてるトコロ、見たかったなぁ……。