「戦など、本当は無い方が良いんだよ」

それが、あの人の口癖だった。

 

 

 

<夢現>

 

 

 

それでも、自分には戦うしかなくて。
志半ばで倒れたあの人の代わりに、せめて少しでもその志の近くに。
そうすれば、いつかまた逢えるような気がしたから。
だけど現実はそんなに甘いものではなくて。

 

「どしたの?」

 

ぼんやりしていたら、くのいちに声をかけられた。
「大丈夫??」
「………ああ、問題ない」
ああ、そうだった。
まだ自分は、戦場の中だ。
こんな所で呆けている場合ではない。
槍を持つ手に力を篭める。
くのいちが仕方無さそうに肩を竦めた。
「全く、アンタって本当に不器用だよね〜。
 頑張り屋さんを通り越して、馬鹿って言うの?」
失礼な言葉をズラズラ並べるくのいちに黙って視線を送っていると、
くのいちはにこりと子供のような笑みを浮かべた。

 

「まぁいっか。
 暇だから最後まで付き合ったげる♪」

 

そう言って、くのいちの姿は空気に溶けるように消えた。
それが、彼が……真田幸村が最後に見た、くのいちの生きた姿だった。

 

 

 

 

 

 

今自分が従っている主君が撤退の報も流さず逃げたという報せを受けたのは、
自軍の劣勢も際立って見えるようになった頃だった。
それでも自分は前に進むしかなくて、槍を手に、ただ前へ。
そこで、見つけた。
くのいちの変わり果てた姿だった。
思わず立ち止まって、その傍らに膝をつく。
ほんの微かに、まだ息があった。
「あぁ……まだ、居たんだ………」
先刻見た元気な姿とは違い、弱々しい声音で。
「ねぇ……ホントにこんなので、終われるの…?」
「………お前、」
「ね、居たよ」
「……何…?」
「居たんだよ、アイツが」
2人の間で『アイツ』と呼ぶのは1人しか居ない。
服部半蔵。
昔、敬愛した主君を死に追いやった、仇の名だった。
「仇……討つなら、今しか、無いよ」
「………解っている」
もう、この国にも自分にも、後が無い。
幸村は立ち上がると、敵陣に向かって駆けて行く。
敵大将を狙えば、きっと半蔵が出て来る筈だ。
「まぁったく………こーの、お館様馬鹿が〜………」
へへ、と小さく笑みを浮かべて、くのいちが悪態をついた。
ぴくりと手が、微かに動く。
身体はもう冷え切っていて、少しも動けなかった。
仇を討ちたかったのは、自分も同じだったのだけれど。

 

「………バイバイ、」

 

ぽつりと呟いて、くのいちは目を閉じる。
それきり、2度と動く事は無かった。

 

 

 

 

 

 

「戦など、本当は無い方が良いんだよ」

 

それが、かつての君主の口癖だった。
名を、武田信玄という。
彼が死んでから、あちこちを転々として戦を重ねてきたが、
彼以上の男に出会える事は無かった。
「俺の生きる場所は……もう、無いのかもしれないな」
半蔵が現れる事は無かった。
見切りをつけて、去ってしまったのだろうか。
足元に転がっているのは、敵大将の首。
他愛も無い相手だった。
槍を突きつけると、泣いて許しを請うてきた。
迷わずそれを斬り落としたが、それを知らせるべき己の君主は
逃げてしまってもう居ない。
こんな……こんな、世なのか。
世は、変わってしまったか。
「お館様………」
願わずにはいられない。
あの頃に戻れたら、と。
やはり自分の仕えるべき主は、彼以外に考えられなかった。
足元の首を軽く蹴飛ばして、誰も居なくなった敵陣からふらりと幸村は歩き出す。
いつまで戦い続ければ良いのか。
どこまで行けば良いのか。
それすらの判断も、できなくなってきた。
かつての仲間も、もう居ない。
討つべき仇の姿も見えない。
何処に行けば逢えるのかも、解らない。
こんな自分を見たら、信玄は何と言うだろう?
そう考えて、幸村は苦渋の混じった笑みを浮かべる。

「戦など、本当は無い方が良いんだよ」

あの頃の血気盛んな自分には、理解できない事だったけれど。
彼の言葉の意味を今、少しだけ解った気がした。

 

 

 

 

信玄の志を受け継いでしまった以上、己に死は許されない。
もう、周りには誰も居なくなったけれど。
もう、仲間は全て死に絶えてしまったけれど。
それでも、自分は歩き続けなければならない。
それでも、自分は戦い続けなければならない。
それがどれだけ長い道程でも。
それがどれだけ険しい道程でも。
そうする事でしか、彼との約束が守れないのだから。

けれど、いつも願っている。

 

いつか、逢える日がくる事を。

いつか、報われる日がくる事を。

 

まだ、道は長い。

 

 

 

 

<終>

 

 

 

誰が気付くかしらないけれど、これでも幸村→信玄です。
え?ロコツですって!?(笑)
信玄受けってないんだもんなー。切ないなー。

信玄のモデルチェンジ、絶対素顔拝見できると思ってたのに。
軽く裏切られたカンジです。(遠い目)
いいです。マイ設定では、幸村は信玄の素顔知ってますから。
それでイイんです。フーンだ。(拗ねてる)

 

幸村さんネタは、どうしてもダークなイメージがついてくるね。
なんだろう、人間性の問題??(笑)