<GUARDIAN>

 

 

 

 

砂の王国に、3年振りの雨が降った。

 

 

ビビと国王が広場に向かい、仲間達が崩れるように地に伏してから30分。
海軍本部曹長であるたしぎが、それを静かに見下ろしていた。

 

『今、彼等に手を出す事は、私が許しません!!』

何故、あんな事を。
暴動を止めたから?
ひとつの国を救ったから?

 

…自分の成し遂げられなかった事を、彼等が果たしたから。

 

「…どうして」

ぽつりと呟く。
とても悔しそうに、顔を歪めた。
どうしてこんな事しか自分はできなかったのだろう。
海賊を『悪』とみなしている自分が、倒すべき悪にさえ力が及ばなかった上に、
もうひとつの悪…つまり、今この地に倒れている彼等に頼るしか術がなかった。
こんなにも、力の差が。
そして見事に国を救った彼等を今捕えようなど。
そんな事…
「…できるわけないじゃない…」
ただ、悔しかった。
何もできない自分が。
クロコダイルの居場所を教える事しかできなかった自分が。

 

 

 

 

「う…」
倒れていた内の一人が身じろぎをした。
目を開けて、体を起こす。
「っててて……あ?
 なんだ、皆まだ寝てんのか……」
周囲を見回し、たしぎには全く気付かない様子で
体中に巻かれた包帯を毟りとっていく。

 

体中に出来た無数のアザと、切り傷に擦り傷。
割れた爪、焼けた皮膚。

 

それだけでも痛みはきっと激しい筈。
なのに、全く意にも介さず包帯を全て取り外す。
「ふぅ……。邪魔だったんだよなぁ、これ」
特徴的な長い鼻が目に付いた。
彼は、一仕事終えたような清々しい表情で笑う。

 

……本当に海賊?

 

たしぎの第一印象はこんなものであった。
おおよそ今まで会ってきた海賊とは一風変わった雰囲気で。
その彼と、目が合った。
「あ……」
何と言っていいのか解らず、たしぎはうろたえる。
「あれ?アンタ……」
彼…ウソップはまじまじとたしぎを見つめる。
確か、ケムリの海軍大佐と一緒にいた女。
彼女の羽織っているジャケットが、海軍の人間だと象徴している。

 

「矧C軍かーーーーー!!??」

 

驚いてウソップはたしぎを指差しわたわたと辺りを見回すが、
残念ながら目を覚ましそうな者は誰もいない。
「…心配しないで下さい。今、貴方達を捕えるつもりはありません」
静かにたしぎが言う。
ウソップの動きが止まった。
そして、座ったままでたしぎを見上げる。
「…見逃してくれるってのか…?」
「今だけです」
きっぱりはっきり言い放たれて、ウソップは苦笑した。
なんだか、気になって仕方ない。
どうして彼女はこんなに苦しそうな顔をしているのだろうか。
「それでは」
軽く一礼して去ろうとするたしぎを、ウソップが呼び止めた。
「なァ」
「…なんですか?」
「ホントウに、捕まえなくてもいいのか?
 手柄になるんじゃねェのか?」
「…今の貴方達を捕えても、私にとって何の意味もありませんから」
「じゃあ、なんでそんな顔するんだよ」
今にも泣き出しそうな顔をして、
彼女は何を我慢しているのだろう。
まさか、自分達を捕える事ができないからというわけでもないだろう。

 

「できることなら…この国を救うのは、私達海軍の役目でありたかった」

 

「そりゃ悪いコトしたなァ」
ぽりぽりと頬を掻いてウソップが謝る。
「そうか。アンタ、自分に自信を無くしてんだな。
 だから悔しいんだ。違うか?」
「…………」
ふいとたしぎが目を逸らした。
図星なのだろう、みるみる内に目に涙が溜まっていく。
「……どうして!!」
それを誤魔化すかのように、たしぎが叫ぶ。
「悪ばかりが力を持つの?そこのロロノアだってそう!!
 ロクでもない事に刀を振るって、どんどん強くなって!!
 結局、クロコダイルを倒したのは貴方達だった!!
 私達海兵には、何の力もないって言うのですか!?」
ただ黙って、ウソップはたしぎを見つめた。
ああそうか。
自分の信じた正義が、負けたんだな。
だから彼女はこんなに悔しがっていたのだ。
正義を語る自分が、悪を前に何もできなかったこと。
悪を倒したのは、同じ悪だったこと。
「……きっとさぁ」
暫くして、ウソップはひとつひとつ考えながら言葉を紡ぎ出した。
「アンタが見てるトコより、ずっと先の方を俺達が見てたからだろ?」
「…っ!!」
ぐっと唇を噛んで、たしぎは睨むようにウソップを見た。
「アンタの夢ってなんだよ?」
「……悪を打ち滅ぼす正義である事です」
「それは海軍の目標だろ?
 そうじゃなくって、アンタ自身の目標さ」
「私の…?」
そう呟いて暫く視線を宙に迷わせる。
その目が、もう1度ウソップを見た。
「ひとつ聞かせてください。
 ならば貴方達は夢があるのですか?」
「あるさ。でっけェ夢がな。
 俺は勇敢な海の戦士になりてェ。サンジはオールブルーを見つける。
 ナミは世界中を回って自分で世界地図を書くって言ってる。
 ゾロはいつか鷹の目を倒して世界一の剣豪になるって言うし、
 ルフィは……海賊王だ」
事も無げに告げる彼が持つ、強い目。
それなりの力と技術を身につけているので、
大体の人間の力量は一目で解る。
それほど力はないと思っていた。
それもルフィやゾロやサンジに比べると、段違いで。
なのに、感じるこの力はどうだ。
それだけで負けそうになる。
ウソップに背を向けて、たしぎは絞り出すように声を出した。
「私は…ロロノアを倒し、和道一文字を回収すること、
 そして貴方達をこの手で捕えることが目標であり…夢です」

夢。

こんなに儚い言葉があるだろうか。
歴然とした力の差を見せつけられて。
今の自分では敵わない事など解っている。
だからこそ、夢なのだ。
俯いていると、後ろから声がかかった。
「頑張れよ」
「…次は負けませんから!!」
叫んで、たしぎはその場から走り去った。
これ以上自分はここにいてはいけないような気にさせられて。

 

 

 

 

よろよろと立ち上がると、ウソップはたしぎが走り去った方を
見て笑っていた。
「ちゃんとあるんじゃねぇか。夢がさ。
 手強い敵になりそうじゃんかよ。なぁ、ゾロ?」
ゾロは壁に凭れて座り込んだまま身じろぎひとつしない。
その隣に腰を下ろすと、ウソップはゾロの耳元で囁いた。
「もういねェって」
その途端、ゾロががばっと顔を上げた。
「……アイツが出てくるとは思わなかったぜ」
「ははは。お前苦手って言ってたもんなぁ」
「俺の目が覚めてた事、なんで知ってたんだ?」
「なんだ。気付いてないとでも思ってたか?」
明るい笑い声を上げてウソップは今だ降り続く雨を見つめた。
「…奪わせねェよ」
「ん?」
ぽつりと呟いたウソップの言葉に、ゾロが目を向ける。
「お前の刀も、夢も。他のヤツらのだって。
 何ひとつ奪わせたりなんかしねェ。
 俺が…守るから。お前らの夢は、俺が守るんだから」
ゾロの肩に頭を凭れ掛けさせ、ウソップは目を閉じた。
そっと手を取ると、ボロボロになった爪。
あちこち火傷だらけで、焦げている部分もある。
「……負けねェんだ……」
その呟きにゾロが横目で見ると、ウソップはすっかり意識を落としていた。
その肩を抱いて、ゾロが笑う。
「お前も頑張ったな」

 

皆、ちゃんと解ってるから。
この海賊団の守護神は、ウソップだという事。
それぞれの持つ夢を、命懸けで守ってくれる男だから。

 

守護神は今、深い眠りの中にいる。

 

 

 

 

 

<おわる>

 

 

 

今読むと、なんつーこっぱずかしい話を……!!(滝汗)

いいさいいさ、恥を承知で再アップです。

 

それにしたって………何でたしぎ??(笑)