<Act.6 チョッパー>
思い切り襟首を掴まれて、持ち上げられて。
何が起こったのかを理解するよりも前に、ほっぺたを思い切り殴られた。
「やめて、船長さん!!」
ロビンの声がする。
ああ、ルフィだったのか。
身を起こそうとしたら今度は脇腹を思い切り蹴り飛ばされて、俺はそのまま
反対側の手摺まで転がってって、危うく海に落ちそうになった。
けど、それはルフィが腕を伸ばして俺の肩を掴んだことで、何とか免れた。
腕が戻るのと一緒に、俺もルフィの真ん前まで運ばれる。
腫れ上がって開き難くなった瞼の向こうから見えた俺達の船長の顔は、
思わず逃げ出したくなるぐらい、本気で怒っていた。
「………ル、フィ……」
「今の話……本当なのか?」
「ウ…」
酷く怒っている時のルフィは、一転してとても静かだ。
例えるなら、噴火する前の火山のような。
だから、これは本当に心から怒っている証拠。
「本当なんだろ?」
「………。」
「何で黙ってた?」
「そ、れは………」
「船長さん、あのね、」
「俺はチョッパーに聞いてんだ!!」
ロビンが助け舟を出してくれようとしたんだけど、それはルフィの言葉で
切り捨てられた。
分かる。分かるんだ、ルフィが怒る気持ちはとても。
もし俺が医者じゃなくて、ルフィと同じ立場だったら、多分俺もメチャメチャに
怒ってたと思う。
ウソップに頼まれたとはいえ、これは確実に皆に対する裏切りだったから。
俺はウソップとは違うから、嘘は得意じゃねェ。
むしろどっちかって言えば苦手な方かもしれない。
こんな半端な事をしちゃいけなかったんだ。
しちゃいけないぐらい、ウソップの身体はもうヤバいんだ。
「……黙ってたのは、ウソップがそう望んだからなんだ」
「だからって!」
「だって!!じゃあどうすりゃイイんだ!?
誰にも治せないんじゃ、ウソップの好きにさせてやるしかないだろ!!」
その言葉で、すとん、とルフィの顔から表情が消えてしまった。
俺の肩から力無く腕が外される。
見上げたら、ルフィは床に視線を落としたままで。
「なァ………もしかして、」
「………。」
「もしかして、ウソップは、」
「助ける!!」
今度は俺がルフィに掴みかかってた。
絶望だけはしちゃいけない。
諦めちゃダメなんだ。
できるコトすらできなくなってしまうから。
だから俺は、俺自身を絶対に信じる。
助けてみせるんだ、俺はそれができる医者なんだ、って。
「……チョッパー」
「俺は絶対にウソップを助けるぞ!!
俺はどんな病気でも治せる医者になるんだ!!
こんなの、なんてコトねぇんだ!!」
ルフィに言うというより、半分以上は俺自身に向けた言葉だ。
夢を叶えるために、大事な人を失くさないために。
きょとんと見つめてくるルフィに胸を張ってそう示せば、
ちょっと考えた後に、いつもと同じように笑ってくれた。
「バカだなチョッパー、最初からそう言ってたら良かったんだ」
「…エ?」
「俺達はいつでも、お前の覚悟を信じてるんだ」
ぎゅっと抱き締められてそう言われて、励まされるように背を叩かれる。
それが無性に嬉しくて、だけど半分苦しくて、ぶわっと涙が出てきた。
「黙ってろだなんて、ウソップも酷ぇコト言うよなー。
辛かっただろ?」
「そんな、コト…っ」
普段は全然そんな風に見えないのに、ここぞという時にこの船長は
絶対的な安心感と、それから優しさをくれるんだ。
それは他の皆も同じ。
そうやって俺は……俺だけじゃない、俺達は支え合って何度だって立ち上がれる。
だから今度も、俺はちゃんと立ち上がれる。
泣いてる場合じゃない、俺にできることは何だって、全部やらなきゃって思う。
「俺、がんばる。がんばるよ」
「おォ、がんばれチョッパー!」
傍でしゃがんで俺達のやり取りを見ていたロビンが、ふふっと小さく笑い声を上げた。
その顔が、いつもより少し嬉しそうに見えたんだ。
<続>
嬉しいけど苦しい、どうしてだか分からない。
ロビンに訊いたら教えてくれた。
それは不安っていうんだって。