<Act.5 ロビン>

 

 

 

夜、なんとなく眠れなくて甲板に出てみれば、先客があった。
あの小さな背中は、この船に必要不可欠な船医さん。
そういえば昼間、長鼻くんが血を吐いて倒れたという事件があって、
何となくそれで此処に居るんだな、という不思議な確信が生まれていた。
何をしているんだろう、こっちに背中を向けているままでは
そこまでは読み取れない。
もう少し近付いてみようと足音を忍ばせて傍に寄れば、聞こえてきたのは
微かな嗚咽と。

 

「どうしよう………どう、したら………」

 

パラパラと、辞書のように分厚い本を震える手つきで捲りながら、
船医さんはポロポロと涙を零していた。
最初からそんな気はしていたんだけど、これで漸く合点がいった。
きっと長鼻くんの病気は、この船医さんにも治せないのだろう、と。
それならそれでどうして何も言ってくれなかったのかしらと思いは
するのだけれど、そこはそれ、きっと長鼻くんが強く口止めしたのだろうと
そのぐらいは想像ができた。

 

何か、できることは無いだろうか。
せめて船医さんが一人で抱え込んでいるものを、少しぐらい持っては
あげられないだろうか。
医者でない私には、この重い問題を解決してあげる事はできない。
けれど、話ぐらいは聞いてあげられるんじゃないか、って。
そう思って声をかけたら、悲鳴にも近い声を上げて驚かれた。

 

 

 

 

船医さんの隣に座って、誰にも言わないと約束すれば彼は少しずつ
本当の事を話してくれた。
その内容はもう、本当に私にはどうしようもない事だった。
人を喰うという細菌の存在も、今船医さんに聞いて初めて知った。
いつ頃、その細菌に感染したのかという問いに、彼は少し迷った後に
「たぶん……オレ達が仲間になるより前……リトルガーデンに居たらしいから」
「そう…」
どの本で見て調べても、この細菌の事が載ってないんだ。そう言って
船医さんはまた涙を零す。
助けたいのに助けられず目の前で死んでいく、その辛さは分からないでもない。
特に彼の場合は医者であるという責任感からか特に顕著に感じているのだろう。
何か手伝えれば良いのだけれど。
「リトルガーデンでなら…きっと今では見ない類の細菌なんでしょう?
 私も何か調べてみるわね、古い情報なら割と得意分野だから」
「うん…ありがとな、ロビン」
「いいのよ」
ぐすぐすと鼻を啜りながら言う船医さんの背を撫でてあげながら、ああ、迂闊だったと
ほんの少しだけ後悔した。
私達の後ろに、もう一人の気配。

 

よりにもよって、まさか、彼だなんて思いもしなかったから。

 

 

 

<続>

 

 

 

一人で苦しまなければならない理由は無いわ。

 

その為の、仲間でしょう?