<Act.3 ナミ>
航海日誌を書いていたんだけど、なんだか急に外に出たくなったから、
それは小休止して、私は甲板に出る事にした。
ちらりとキッチンを覗き見れば、3時に出す予定のお菓子を楽しそうに
作っているサンジ君と、その邪魔にならないように隅っこで、何かの本を
真剣に読んでるチョッパー。
最近…チョッパーが何か必死になって本にかじりついてるのを見る。
何か調べものでもあるのかしら。
甲板に出れば、その真ん中に居座ってダンベルを上げ下げしているゾロ。
それから、船首に跨って海を眺めているルフィの背中も見える。
ちらりと真横を見れば、デッキチェアに背を預けて本を読んでいるロビン。
あれ……もう一人の姿が見えない。
何処行ったのかしら。
ウソップ工場は……ああ、ちゃんと甲板の端にあるじゃない。
でも、ウソップが居ない。
何処行ったんだろう…。
甲板へ続く階段を下りようとして、気が付いた。
「……そんな所で何してんのよ、ウソップ」
階段の途中の段に腰掛けて、ウソップはただぼんやりと前を見ていた。
工場出しっぱなしにして、そんな事しているのは珍しい。
「…お?あァ、何だよナミか。
お前こそどーかしたか?」
「単に気分転換に出てきただけじゃないの。
それよりアンタ、工場出しっぱなしにして何してんのよ」
「ん〜……?
ちょっと、休憩」
そう答えるウソップの言葉が、ちょっとだけ歯切れ悪い。
気にはなったけど、なんとなくだから何も聞かなかった。
「しっかし……ルフィもゾロも、毎日毎日飽きもせず
同じ事ばっかりよくやってるわよね」
階段に座るウソップの少し上の段で立ち止まって、私はまたそっちに
目を向けた。
波にゆらゆら揺れる、メリー。
それに合わせて揺れる船首、もちろん跨ってるルフィも揺れてる。
眺めながら、でもウソップが言った言葉は。
「イイんじゃねェの?
いつも通り、普段通り。
何も異常無いって事だよな」
うん…そう、確かにそれはその通りよね。
私もこんな人生歩んでるけど、基本的には力無い弱者なのよね。
だから、ウソップと同じで平和主義、事なかれ主義。
そりゃあ…多少はスリルのある事だって刺激的で良いかもしれないわよ?
でも、この船に乗ってたら、多少のスリルじゃ済まされないものね。
当然……生きるか死ぬかのギリギリの瀬戸際を何度も行ったり来たり。
だからかしら、余計にホッとするものなのよ。
変わらないものを、眺めるのが。
いつだったかな、そんな話をウソップにした事があった。
ウソップも頷いてくれて、ああ私だけじゃないんだってホッとして。
「ウソップ!!」
船首で、ルフィが叫んだ。
「なんだァ!?」
座ったままでウソップが答える。
ルフィも、前を向いたまま。
「飛び魚の群れがいるぞ〜〜〜!!
来い来い!!」
「なに、飛び魚!?」
そう言って勢いよく立ち上がって、飛びつかんばかりの勢いで船首の方へ。
…行くものだと、思ってたんだけど。
ウソップはのんびり立ち上がると、ゆっくりと船首に向かって歩いて行った。
「何処だ?」
「アレだアレ!!
釣って食おうぜ!!釣り!!!」
「食うのかよ…」
ツッコミ入れる言葉も、やっぱり歯切れが悪い。
調子…悪いのかしら。
「早く、早く釣り竿!!」
「ヘイヘイっと、ちょっと待ってろよ」
そうしてヒョコヒョコ戻ってきたウソップが、
「釣り竿って、何処置いたっけか……倉庫だったか?」
なんてブツブツ言っている。
私が先回りして、出して置いてあげたけど。
「コレ?」
「おお、それだそれ。
サンキューな、ナミ!!」
日陰じゃなくて、明るい太陽の下で見ると、ウソップの肌が
異様に白い事に気が付いた。
何なのよ……一体。
「飛び魚って、何処よ」
「うん、波のずっと向こうの方だった。
釣れるかわかんねェぞ?」
「期待してないわよそんなの。
釣ってみたら、こないだのイルカみたいにデカいなんてオチは
やめてよね?」
「あはははは!!いやでもそれ、ありえるんじゃねェ?」
「まぁ……ルフィなら釣りそうだけどね」
「そんでしっかり食うんだよな」
想像して、思わず吹き出してしまう。
ウソップも相当おかしかったみたいで、お腹抱えて笑ってた。
ああ、やっぱり気のせいだったのか。
「………っ、」
急に胃の辺りを押さえて、ウソップがそのまま蹲る。
「ちょ、どうしたのよ、ウソップ!?」
「………………れ」
「え?何!?」
聞こえなくてもう少し近づいたら、ウソップに凄い力で突き飛ばされた。
視界が反転して、尻餅ついた上に頭まで床にぶつけてしまった。
痛い……何てコトすんのよ!!
勢いつけて起き上がって………目に入ったのは床一面に広がる、赤。
ウソップの周りに広がっていた、血だまり。
頭の中が、真っ白になった。
<続>
何が起こったのかを理解するには、
あまりにも情報が少なすぎた。