<Act.0 序>
なんとなく体調が悪いなと思ったのは、夏島に入ってすぐの事。
最初は夏バテなのかと考えた。
でも、そういうのとは少し違う。
ちゃんと食事はできるし、それによって調子を崩すという事もない。
だが、慢性的な体の不調。
船医であるチョッパーに相談しようかとも思ったが、それは自分の中で却下した。
時々眩暈がしたり、フラついたりする程度。
そんなに大した事じゃない。そう判断したから。
いつも通りにホラ話ができて、騒げて、時には自分の工場で何かを作る作業もできる。
日常生活に何の支障もないから。
「ウソップ〜〜!!釣りしようぜ、釣り!!」
「おう!!いっちょでかいの釣ってやるか!!」
ルフィに声をかけられて、ウソップは船首の方へ向かった。
今日は絶好の釣り日和。
ルフィとウソップは船の縁に並んで腰掛け釣り糸を垂れている。
ゾロは甲板の真ん中で昼寝をしているし、ロビンはデッキチェアに腰掛け
読書をしている。
ナミはキッチンで航海日誌をつけているだろうし、チョッパーも同じ所で
薬の調合でもしているだろう。
それを眺めながら、サンジはきっと3時のおやつを作っているハズ。
全部、いつも通り。
いつもと違った事は。
「……うぉっ?かかった!!!でけェぞ!!!」
ウソップのつり竿に手応えがあった。
しかも、大きい。
ウソップは懸命に竿を引くが、その竿ごと持って行かれそうな勢いである。
「でかいのか!!」
慌ててルフィが手伝おうと、自分の竿を横に置いたその時。
「野郎共!!おやつができたぞ!!!」
サンジがキッチンから出てきて叫んだ。
もちろん、ルフィはそっちに反応する。
「おやつか!!食うぞ〜〜!!!!!!」
「…えっ?……うわぁっ!!!」
ウソップの気が一瞬そっちに向いた瞬間、釣り糸が小気味良い音を立てて切れた。
「…………あぁ〜〜〜〜〜〜……」
根元から糸がなくなった竿を見つめて、ウソップは大きなため息をつく。
「強度が足りなかったのかなァ……いやいや、そんだけ相手がでかかったんだ…。
あ〜〜〜ちくしょう!!もうちょっとで伝説に残るぐらいの獲物を捕える事が
できそうだったのに!!!!!」
「そうか!!美味そうだったか!?」
「イヤ、見てねェけどよ」
「どうでもいいから早く来ねェか!!」
ちょっと苛ついた様子でサンジがまた叫ぶ。
ルフィとウソップは顔を見合わせて笑った。
「ま、とりあえずはおやつを食うか」
「ししし。そうだな〜」
ルフィがゆっくりとキッチンに向かって行くのに、ウソップは一度だけ
縁から海を覗き込んだ。獲物がまだうろついていないかと。
下を向いた瞬間、目が霞んで足元がフラついた。
意識が持って行かれる。
……まただ。
そう思う暇すらあったかどうか。
慌てて手摺を掴もうとしたが、それも虚しく宙を掴んだだけだった。
ぐらりと上体が海に向かって傾いたのを、それまで2人を眺めていたロビンが叫んだ。
「危ない!!」
その声に、ゾロが目を覚ました。ルフィが後ろを振り向いた。
キッチンに戻ろうとしたサンジも、振り返った。
「ウソップ!!」
始めに動いたのはルフィだった。
腕を伸ばしてウソップのオーバーオールを掴むと、思いきり手元に引き寄せる。
「誰か受け止めろ!!」
それにゾロが動いた。
飛んできたウソップの体をその腕で抱き止める。
が、その反動で海に放り出されたのはルフィだった。
「……チッ。このクソゴムが!!」
サンジが慌てて駆け下りてきて、上着と靴を放って海に飛び込む。
ゾロはウソップの頬を叩きながら様子を確認していた。
「おいコラ、ウソップ。大丈夫か!?」
しかし、全く反応を示す事無くウソップは気を失ったままでいる。
近寄ってその様子を覗き込んでいたロビンは、
「……船医さんを呼んできた方がいいわね」
そう言ってキッチンへ向かって歩いて行った。
目を覚ました時、目の前にはチョッパーがいた。
むくりとハンモックから身を起こすと、途端に視界が揺らぐ。
まだ頭がふらついている。今度は長い。
「ウソップ、大丈夫か?」
「ん…?ああ、何とか。とうとう倒れたのか、俺」
「なんで何も言ってくれなかったんだ?そんなになるまで無理して…」
「…別に、無理してたワケじゃねェよ」
非難にも似たチョッパーの一言に、ウソップは苦笑いを浮かべた。
「ホントに気にするホドじゃなかったんだよな〜……。
なァ、チョッパー。俺は結局どうなんだ?」
「う…ん。あのさ……」
表情を曇らせて、チョッパーは俯いた。
「ちゃんと調べないと、わからないんだけど……」
そう言ってチョッパーが話し出した事は、本当にどうしようもない事で。
「…………そっか」
「ゴメン、ウソップ……」
「なんでチョッパーが謝るんだよ。お前のせいなんかじゃないだろ?
それに、ちゃんと調べないと解らないって事は、結局何なのか解ってないって
事なんだし」
「……ウン。俺、ちゃんと確認してみる。違うかもしれないし」
「でさ、とりあえずこれからの事なんだけどさ……」
そう言って、ウソップはチョッパーの耳元に唇を寄せた。
……なかった事に、しよう。
「……エ!?」
丸い目を更に見開いて、チョッパーはウソップの顔を見つめる。
「今のトコロ、もう大丈夫みたいだしさ。
俺は夏バテでブッ倒れましたって事で。な?
まだ何なのかもハッキリしてねェのに、皆に心配かける事なんてねェよ」
「でも……」
「だ〜いじょうぶだって!
無理さえしないようにすりゃイイんだろ??」
ニッコリ笑ってウソップがそういうから。
チョッパーは思わず、頷いてしまっていた。
「そうと決まれば……サンジの作ったおやつ!!
俺ってば食ってねぇし!!!」
がぼーんと驚愕の表情を浮かべて、ウソップはハンモックから飛び降りた。
床に足をつけた瞬間、ぐらりと視界が揺らぐ。
それをウソップは目を閉じてやり過ごして、ゆっくりと部屋を出た。
太陽の光がやけに、肌に刺さった。
「サンジ〜〜!!俺の分のおやつあるか〜〜??」
キッチンの中に入ると、皆座っていて。
全員ナミにおあずけにされていたのか、サンジの作ったお菓子には
誰一人手をつけてなかった。
「……ウソップ!!」
ガタンの椅子を鳴らしてナミが立ち上がる。
「アンタ、体は大丈夫なの!?」
「ああ。どうって事ねェよ。単なる夏バテだってさ」
「……そう、良かった……」
ホッと息を漏らして安心したようにその場に座り込むナミに、ウソップの良心は
少しばかり痛んだけれど。
「……本当だな?」
そう聞いてきたルフィに、ウソップは笑ってみせた。
「ああ。本当だ」
よく見ると、ルフィの髪が湿っているのが解る。
そっと近付いてそれに触れると、まだ乾ききっていないひんやりとした感触が
ウソップの手に伝わってくる。
そういえば、自分を助けたのはルフィだと、チョッパーは言っていたっけ。
「ありがとな、ルフィ。助けてくれたんだってな」
「ししし。俺が海に落ちちまったけどな〜」
「どんどん沈んでいきやがるから、お前を助ける方が面倒だったんだぞ。
このカナヅチ野郎が!!」
一発サンジがルフィに蹴りを入れて。
ようやく全員がテーブルにあったお菓子に手を延ばし始めた。
<続>
ここからが、始まりです。
ただ、死んでいくだけの死にネタじゃなくて、
それを踏まえたメンバーの葛藤みたいなのをリアルに書けたらなぁ…なんて。
今回のお話は、それが目標です。