<道標・拾ったもの>

 

 

 

 

小さな小競り合いのような戦がひとつ、終わった。
自分の領地を守りきることが出来、今はその事後処理に全ての将が
駆り出されている。
拠点にしていた陣を引き払い、皆撤収の準備に忙しなく動いている。
そんな中、夏侯惇は一人、主君である曹操を捜すべく陣内を歩き回っていた。

 

 

本来、上に立って纏めるべき男が見当たらない。
夏侯惇の胃を苦しめるには充分な要素である。
「孟徳の奴、ちょっと目を離すとすぐ怠けやがって……全く、」
言葉と共に出る、重い重いため息。
よく行方を晦ます曹操を捜しに行くのは、もっぱら自分の役目となっていた。
近くに居た張遼に軽く事の次第を伝え自分の持ち場を任せると、
あちこちに顔を覗かせて曹操の居場所を知らないかと訊ねて回る。
暫くは目撃証言を得られなかったが、ある一帯に差し掛かると、皆一様に
同じ事を述べ始めた。

 

『殿なら、先程釣具を抱えてあちらへ向かわれましたが…』

『そういえば、何やら楽しそうに歩いてらっしゃいましたね。
 ええ、あちらの方向ですが…』

『鼻歌混じりに歩いて行かれましたぞ?
 釣具を持っていたので、河へ向かわれたのではないでしょうか…』

 

………頭痛がしてきた。

 

馬を借り受け、曹操が向かっていっただろうと思われる方向へと走らせる。

 

 

 

 

 

「孟徳!!
 孟徳、何処だッ!?」
そう怒鳴りながら、河沿いにゆっくりと馬を駆けさせる。
見つけ出して、とっ掴まえて、怒鳴り散らして連れ帰らないと気が済まない。
夏侯惇はそう考えながら、苛々する気持ちをどうにか押さえつけて
曹操を捜して回る。

 

ふと、どこかで自分を呼ぶ声が聞こえた。

 

「………ん?」
首を傾げて馬を止める。
そこで降りて、もう一度耳を澄ませた。
「元譲!元譲、儂は此処だ!!」
その声が自分の捜していた人物だと知り、夏侯惇が崖へと近付く。
そっと下を覗き込むと、捜していた人物が大きく手を振っていた。
「………孟徳、お前なぁ……」
「良かった元譲、丁度良かった!!
 ちょうど人手が欲しかったところでな!」
「……はァ?」
文句を言うタイミングを失い、夏侯惇が素っ頓狂な声を上げる。
「人手って…お前、釣りをしてるんじゃないのか?」
「いや、それでな、大物が釣れたんだ。
 引き上げるのを手伝ってくれ!!」
「……何が釣れたんだ?」
「ああもう!ごちゃごちゃ言わずに早く降りて来んか!!
 儂一人ではどうにもならんのだ!!」
そう言われ、仕方無しに肩を竦めると夏侯惇はキョロキョロと辺りを見回す。
近くに足場があったので、傍に馬を止め崖を下り河原に立つ。
すると、待ちきれなかったか曹操がそこまで走って来た。
「元譲!!」
「おう、仕事ほっぽり出してこんな所で何をしているかと思ったら
 怠けて釣りか?良い身分だなぁ…」
「そんな事はどうだって良い!!」
嫌味も軽く流して、曹操は夏侯惇の腕を引っ張って歩き出す。
「で、だから何が釣れたんだよ」
「フフン、それは見てのお楽しみだ」
楽しそうにそう言う曹操に軽く視線を送り、夏侯惇はそのまま進行方向を向く。
小舟が一隻、目に入った。
ここは岸ではないので当然、繋ぎ泊めておく場所もない。
という事は、流れてきたそれを曹操が止めた、という事に他ならない。
「どうだ、元譲。大物だろう!?」
大きく胸を張る曹操の隣で、半ば呆然と夏侯惇は佇んでいた。
小舟の中で眠る人物は、この広大な河を越えた向こうにある国の、次男坊。

 

「おいおい………どういう事だ、これは………」

 

今度こそ本当に、夏侯惇は頭を抱えた。

 

 

 

 

 

「……で?」
「で?、何だ、元譲?」
「それで、どうするんだ」
「どうするって……折角釣れたんだしなぁ」
「こういうのは釣ったとは言わん!!」
胃がキリキリ痛むのを堪えて、夏侯惇は怒鳴った。
「お前の事だ、また何か企んでいるんじゃないのか?」
「よく解ったな」
「長い付き合いだからな」
とりあえず小舟から孫家の次男を引き上げる。
動かしてもぴくりともしない状態に、死んでいるのかと一瞬疑ったが、
脈を取ると確かな鼓動が刻まれている。
「寝てるんじゃなくて、気を失ってるみたいだな……」
隣から覗き込むようにしていた曹操がぽつりと呟く。
その頭を夏侯惇が一度、はたいた。
「な…っ、君主を殴るとは何事だ元譲!!」
「君主だと言い張るなら、もう少し君主らしく振舞ったらどうだ!!」
「く…いちいち文句の多い奴め……」
「せめてもう少し文句を言わずに済むような振る舞いをしてくれ……」
互いがジト目で睨み合う。
だが、そんな事をしていても埒が明かないと思ったか、夏侯惇がため息と共に
言葉を吐き出した。
「それで、どうするんだ、こいつを」
「うん?連れて帰るに決まっているだろう?」
「連れて……って、お前!」
「何か問題でもあるのか?」
「お前、こんなの連れて帰って侍女の誰かに看病でもさせてみろ、
 すぐに話は広まるぞ!!」
「そうか?」
首を傾げる曹操に、夏侯惇はもう一度ため息を吐いた。
「お前が思っているよりもずっと、呉国の君主とその息子達は有名だ」
「むぅ……」
「それに、女は口が軽い」
「………そうか!」
何か良い考えが浮かんだように、曹操は明るい表情で手を打った。

 

「口の堅い男に看病させれば良いんだな!!」

 

「……………」
もはや何かを言う気力も無くしたか、夏侯惇は首を振るだけで何も言わず、
ただ「馬で来ていて良かった…」と言葉を漏らして、歩き出した。

 

 

 

 

<続>

 

 

曹操と夏侯惇、ちゃんとコンビにして書いたのは初めてかもしれません。

主従というよりは、ただの従兄弟同士として。

従兄弟同士というよりは、幼馴染といった風に。

そんな自然な2人が書けていたら、とりあえず自分的にはOKという事で。(笑)

 

漸く魏軍を書き始める事ができました。

展開が無茶だと言うなかれ。(笑)

そんな事は百も承知です………ふふふ。(泣笑)

 

次は徐晃とか司馬懿とか一杯出していく方向で!!(><)