<道標・魏将、甘寧>
城内の権ある武将のほぼ全てが、その場所に集結していた。
中央の座には、曹操。
そして入り口に立つ彼らからは背を向けるようにして跪いている、
一人の男の姿が見える。
見た事のない人間だった。
呆然としていると、曹操が声をかけてきた。
「どうした、そんな所でぼんやりとして。
早く入って来んか」
「……これは、一体何事ですか、殿」
押し殺した声でそう言いながら、ゆっくりと司馬懿が中へと入る。
後に続くのは、徐晃と孫権。
「なに、新しく降ってきた者が居るのでな。
皆に見せておこうと思ったのだ」
その曹操の楽しそうな声に、訝しげに司馬懿が眉を顰める。
「お前も知っているだろう。呉の暴れ馬だ」
「……せめてちゃんと名前で紹介して欲しいっスよ…」
苦笑混じりの声音で、背を向けていた男が立ち上がった。
ちりん、と透き通った鈴の音が響く。
「甘寧、字は興覇だ。
アンタの事は知ってるよ、司馬仲達サンよ」
「…………そうか、それなら結構」
軽く笑いながら握手を求めてくる甘寧の手を叩き落として、司馬懿は
曹操の方へ向き直った。
「それで、これは一体どういう事なのですか?」
「だから言っておろう。
降将だと……」
「そういう事を訊いておるのではありません」
「全く、本当に頭が固いなお前は……」
嘆息しながら肩を竦め、曹操は苦笑した。
「使える者は、何でも利用すれば良いだろう。
甘興覇はこの国にも名が轟くほどの猛将だ。
忠義を尽くすというのであれば、使う以外に他はあるまい?」
「殿は……この者に忠義があるとお考えか?」
「というと?」
「要は、こういう事だろ」
曹操と司馬懿のやりとりに特に気を害した風も無く、甘寧が声を上げた。
「俺が孫仲謀を取り返しに来たんじゃねぇか、って疑ってんだろ?」
「解っているなら話は早い。
信を置くに値するかどうか……、
現段階で、私は貴様に信を置けぬ」
「じゃ、置かなくてもいいぜ」
「………は?」
返ってきた言葉に、司馬懿が一瞬きょとんとした顔を見せる。
「俺は元々賊上がりでよ、疑われるのにはもう慣れてんだ。
今更ここで何人の野郎に疑われようと、別にどうだって構わねぇ」
「………そんな、身も蓋もない……」
司馬懿の後ろで半ば呆れたような徐晃の声が聞こえる。
酷く驚いたような顔を見せた後に、司馬懿が大きな嘆息を漏らした。
「……次から次へと厄介者が増えるな…」
「まぁ、そう言わずに。宜しく頼むぜ軍師さんよ」
そう言ってもう一度差し出された掌を。
「フン。とことんまでこき使ってやるから、覚悟しておけ」
司馬懿が、ぱん!と大きな音を立てて叩いた。
「では、ここが貴方の部屋になります。
必要なものは揃っておりますが、足りないものは侍女に頼めば
用意して貰えますので……」
部屋の窓を開け放ち、そう話しながら孫権が振り向くと、
じっと自分を見てくる甘寧の眼とぶつかった。
その真剣な目にどきりとしたが、敢えて何も聞かずにただ必要事項だけを
淡々と孫権が語る。
それをちゃんと聞いているのかどうかは解らない。
ただ、視線だけが痛かった。
一通りの説明を終えてから、それに耐え切れなくなって孫権が訊ねた。
「あの、私に何か……?」
「いや、別に」
「そうですか」
それでは失礼します、とぺこりと頭を下げて部屋を出ようとする孫権の背を、
甘寧が呼び止めた。
「なぁ、仲謀!!」
「……はい?」
振り向いた孫権の目に、途方に暮れたような甘寧の顔が映る。
「皆………心配してるんだぜ?
孫策様は荒れるし陸遜のヤツは苛々しっぱなしだし…、
小喬もずっと泣いてばっかいるんだぜ?」
孫権の唇の端が、小さく震える。
それを強く噛み締めて、俯いて孫権が返した。
「先の戦で呉の方にお会いしました。
恐らくもう、情報はそちらにいっていたでしょうし、
先程、司馬懿殿から貴方も聞いているでしょう。
貴方の仰る方が誰の事なのか、私には解りません」
そう言って孫権はもう一度頭を下げると、足早に部屋を出て行った。
後には取り残されたように甘寧が一人。
「…………あの野郎……!!」
睨むように、閉められた扉を見つめる。
強く握った拳を、床に叩きつけた。
<続>
とりあえず、これで甘寧がレギュラー陣の仲間入り。(微妙)
どういう登場の仕方をするかで随分長いこと頭を悩ませましたが。
これで甘寧と孫権の話にも触れられます。
つーか、ここからが本番です。(笑)