<道標・胸の内>

 

 

 

 

城に帰還し馬を厩に繋ぎ止め関羽が部屋に戻ると、そこには先客があった。
「関兄、おかえり!」
自分の寝台で大の字に寝転がっていた張飛を見て、関羽が小さく吐息をついた。
「なんだ益徳、そっちも帰っていたのか」
「ああ、包囲はしてたんだけどな。
 尚香殿が敗走したって伝令が来て、撤退してきた」
関羽の言葉に苦笑を浮かべながら張飛はそう答える。
そうか、と短く答えて着ていた鎧を脱ぎ片付けていると、後ろから張飛が
窺うように遠慮がちに訊ねてきた。
「なぁ、関兄………ひょっとして、何かあったのか?」
「………どうして、そんな事を聞く?」
普段の装束に着替え軽装になると、関羽が寝台に座り込んでいる張飛へと
向き直った。
「大体、どうしてお前が此処に居るのだ」
「え……いや、何か知らねェけどさ、」
首を傾げて、一言。

 

「諸葛亮がな、ここに居てろって言うモンだからさ」

 

その言葉には何も答えず、関羽は黙って張飛の隣に腰掛ける。
ちらりと横目で張飛が視線を合わせてきた。
思わず、苦笑が漏れる。
「全く……諸葛亮殿には敵わんな」
「うん?」
何だかよく解らないといった表情で、張飛が眉を顰めた。
「なぁ、益徳よ」
「おう?」
「お前……人を殺めるのに、抵抗を感じた事はないか?」
「は…?」
突然の問いに、張飛が大きく目を瞬かせた。
「いや…それはどうだろうなァ……今のところ、特には……」
「そうか」
「だってよ、殺らなきゃこっちが殺られちまうんだぜ?
 抵抗とか、そんなの考えてる余裕なんてねェよ」
「そうだな……」
短く相槌を打って、関羽が少し微笑を浮かべた。
それに張飛がまた顔を顰める。
「なぁ、関兄。
 本当に何かあったんだろ?なァ」
「…………いや」
「嘘だ」
「本当だよ」
「絶対ぇ、嘘だっ!!」
勢い良く立ち上がると、張飛は関羽の真正面に仁王立ちになって睨みつける。
「……益徳、顔が恐いぞ」
「関兄が隠し事してっからだよっ!」
「してないと言うに」
「だから、嘘吐いてんなってば!!
 俺には解っちまうんだ。
 どれだけ一緒に居てると思ってんだよ、関兄の馬鹿たれがっ!!」
真剣に怒っているためか、真っ赤な顔をして張飛は怒鳴る。
それに思わず笑みが漏れた。
張飛がますますいきり立つ。
「な、何笑ってんだよ、人が心配してやってん………おわああぁっ!?」
腕を掴んで強く引き寄せると、頓狂な声を上げて張飛が倒れ込んでくる。
その身体を軽く抱き締めて、関羽は笑った。

 

「ほんの少し、迷っていただけだ」

 

張飛の耳元で囁くように答えると、きょとんとした目が見上げてくる。
「………迷う?」
「そうだ。長兄に天下を取ってもらいたいという望みに揺るぎは無い。
 その為の尽力も惜しまんつもりだ。だが………、
 それらを全て横に置いたとして、人を殺める事に、何か意味があるのだろうかと…」
「…………でも、」
「魏国には、数人の友が居る。
 その内の一人を……殺してしまったかもしれん」
「確かめたのか?」
「いや……できなかったよ」
「どうして、」
「解らん。
 ………もしかしたら、怖かったのかもしれん。
 友の死を、知る事が」
洗いざらいを告白してしまおうかと思った。
だが、あの脅威をどう説明すれば解ってもらえるか。
あの大規模な爆発を、散っていった人々を。
崖の上から覗き見たそれは、そこに居た人々全てを飲み込んだ。
隣に立っていた孫尚香の蒼白な表情が忘れられない。
彼女もまた、あそこまでの威力は想像の範囲外だったのだろう。
「私は初めて、戦場が怖いと思ったよ」
「………だけど、」
何か言いたそうな、でも言葉が見つからないといった表情で、
それでも張飛は胸の内を訴えようと言葉を探す。
その肩口に凭れるかのように顔を埋め、関羽が呟いた。
「敵である筈の友の無事を、祈らずにはいられない。
 そんな自分が、酷く間違っているのではないかと、そう思うのだ」
「………だけど、それでも」
ゆっくりと、言葉を確認するように張飛が答える。

 

 

「それでも関兄は、どれだけ迷っても悩んでも、どれだけ時間がかかっても、
 必ず正しい答えを見つけるんだ。
 関雲長って男は、俺の尊敬する兄貴は、そんな奴なんだ」

 

 

真っ直ぐ見つめる強い光。
「………益徳、」
泣きそうになって、関羽がそれを誤魔化すかのように張飛を強く抱き締めた。
「わわわっ、関兄!ちょっと痛ぇって!!」
「大丈夫だ。大丈夫だな」
張飛が傍に在る限り、自分は。
「ああ、大丈夫だ。大丈夫なんだ」
背中をあやすように叩いて、張飛も笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

廊下を歩いていたら、諸葛亮と出くわした。
「尚香殿、ご無事で何よりでした」
「………ええ」
すれ違いざまにそう声をかける。
立ち止まって諸葛亮が振り向くと、その孫尚香の背に再び声をかけた。
「尚香殿、投爆兵は使われましたか」
「………使ったわ」
「如何でした?」
その問いに一度、孫尚香が足を止める。
振り向かずに、答えた。
怖くて、顔が見れなかった。

 

「……二度と御免だわ」

 

逃げるように去っていく孫尚香の背を暫し見送って、諸葛亮が小さく笑みを浮かべた。

 

「……まずまず、といった所のようですね」

 

 

 

 

 

<続>

 

 

 

手短ですが、先に蜀の状況から。

関羽×張飛に激しく萌えです。

ずっとずっと書きたかったから、書けてやったゼ!ってなモンです。

まぁ……戦争ってのは、それぞれに傷跡を残すモンだってなコトで。

相変わらず、うちの諸葛亮は謎の人物ですが。(苦笑)

 

次からは少しだけ、呉の話にうつります〜。