<道標・悪夢という名の>

 

 

 

 

「せやっ!!」
「はぁっ!!」
息ピッタリの攻撃を交互に繰り広げる。
やはり2人を同時に相手をするのは相当難しいようで、徐晃自身は
防戦一方になってしまっていた。
だが、確実な受け身と武器捌きで掠り傷ひとつ負わせることができないのも事実。
「く……これほどとは……」
槍を胸元まで引いて、馬超が感嘆の声を上げる。
そもそも、徐晃には隙をいうものが見当たらない。
どんな風に攻撃しても、一番正しい方法で受け止めるのだ。
その判断力と技術には敵といえども賞賛に値する。
「さすがだな……」
流れる汗を左腕で拭って、趙雲もそう呟く。
このまま戦いが長引けば体力が尽きるのはこちらだろう。

 

その時、背後で鐘が打ち鳴らされた。

 

驚いたのは柵に背を向けていた徐晃ではなく、そちらを見ていた趙雲と馬超の方だった。
「撤退の鐘だ…!!」
「関羽殿、どうされる気だ!」
「他人の事を心配する暇はありませんぞ?」
その動揺を隙と見て、徐晃が一転、反撃に出る。
重い重い一撃を、上から下へ。
それを真っ向から受け止めたのは馬超だった。
「……っ!」
予想以上の強さに、堪らず馬超が地に片膝をつく。
「孟起!!」
横から趙雲が槍を振り翳して徐晃に飛び掛る。
だが槍が届くよりも早く。
「甘い!!」
徐晃の蹴りが趙雲の鳩尾に入った。
「ぐ……っ、」
「子龍!?」
鳩尾を押さえて蹲る趙雲には目もくれず、徐晃は斧を馬超へ向けた。
背後で柵の持ち上がる鈍い音がしたが、それにも徐晃は気を止めた風は
見られない。
完全に目の前の敵に集中している、そんな状態であった。
「勝負はつきましたな………覚悟!!」
斧を振り上げる。
観念した馬超が、固く目を閉じる。
だが、いつまで待っても斧が身を打つ事はなかった。

 

「勝負あり!徐晃殿、そこまでにして頂こう」

 

徐晃の斧の柄をを背後から掴んで止めたのは、他でもない関羽であった。
「………関羽殿、」
「さすが徐晃殿。見事だ。
 お前達もまだまだ修行が必要だな」
そう言う関羽に視線を向けて、趙雲と馬超が苦笑を漏らす。
「さぁ、撤退だ。
 2人とも、皆を先導して行け!!」
「はっ!」
関羽の指示に馬超は趙雲を助け起こすと、馬の方へ向かって歩き出した。
その姿は次々と後に続く蜀軍の兵に紛れて、すぐに見えなくなった。
そして徐晃の斧から手を離し、関羽もそれに続こうとして馬を進めるが、
途中でそれを止めると地に降り立った。
「……関羽殿?」
戦意自体は既に無くしている様子を見て取り徐晃も警戒する事無く、
不思議そうに首を傾げて関羽を見遣る。
「徐晃殿……、」
暫し、逡巡するように視線を横に逸らし、そして。
「友として、ひとつ忠告を申し上げる」
「…………」
関羽の目はとても真剣で、自然と徐晃の気も引き締まる。
斧を握る手に力を込めて、訊ねた。
「………忠告とは」

 

「あの柵の向こうには、近付いて下さるな」

 

その言葉に徐晃が後ろを振り返る。
二重の構造だろう、徐晃から見て手前の柵は今は上に上がっているが、
その向こうにもうひとつ柵が見える。
一瞬、関羽の言いたい事の真意が掴めなかった。
「関羽殿、それはどういう……」
訊き直そうとして徐晃がもう一度関羽の方に向き直る。
だが、その時には既に関羽の姿は見当たらなかった。

 

 

 

 

 

「近付くなと言われても……」
ゆっくりと奥に向かって歩みを進める。
柵の前で、足を止めた。
この向こうには2人が居るのだ。
そもそもこれを除けてやらなければ、2人は出てこられないだろう。
「おい、誰か……」
柵を除ける手助けを頼もうと後ろを振り返って仲間の兵を見ようとした、その時。
閃光が、視界を焼いた。
「……な…っ!?」
たまらず徐晃が視界を手で覆う。

 

相次ぐ閃光、轟く爆音、そして頬を焼く熱風。

 

弾け飛んでくる砂利に、徐晃が腕で顔を庇うようにして背ける。
「く……っ、一体何が………!!」
熱風に煽られるように徐晃の元へと吹き付ける煙で、視界は全く利かない。
誰かに問おうとしても、爆音に耳をやられていて周囲の音も聞き取れなかった。
まず最初に爆音が止み、そして耳が慣れてきた頃に熱風も収まった。
煙で見えない中を、柵に手を掛け食い入るように前方を睨む。
だが思ったように煙は晴れず、何が起こったのか即座に理解する事は叶わなかった。
足に何かがこつんと当たり、徐晃が何気なく下を向いて、
「………っ、」
息を呑んだ。
誰のものかは解らない、誰かの千切れた足首が、黒く煤けた状態でそこにはあった。
「………何が……」
煙は霧散され、視界が漸く確かなものとなる。
目の当たりにした惨状に、理解するより早くその手は斧を掴んでいた。

 

「張遼殿…………、張コウ殿!!!」

 

何度も何度も叫んで、強く柵へ斧を振り下ろす。
硬い音をさせるだけで、それは壊れそうにない。
それでも諦めず、何度も何度も斧を打ち付ける。
その光景は、凄惨という言葉では到底語り尽くせるものではなかった。
千切れた手足、黒く焦げた人の形をした屍、肉片、そして、既に熱気で蒸発してしまったのだろう、
赤黒く染みだけをそこに残した、きっとそれは血溜まりだったもの。
もはや顔を判別する事もできないその人型は、無造作に、あちこちに、無数に散らばっていた。
断ち切る事も破壊する事もできないその柵を、それでも徐晃は何度も何度も斧で打ち続ける。
嘘だ。これは何かの夢だと。
この向こうから何事も無かったような顔で、きっと2人は歩いてくる。
そんな儚い希望を、徐晃は捨てなかった。
だが、次第に斧を振り下ろす腕には力が入らなくなり、叫び呼び続ける声は掠れてくる。

とうとう、斧を振り上げる力も無くなり、声も出なくなり、徐晃は地に膝をついた。

 

これはきっと、何かの間違いだ。

 

 

 

 

 

悪夢を、見ているようだった。

どこを見回しても人、人、人。
だが、生きているものはどこにも居ない。
足元に横たわっている男も……生きているのかどうか、怖くて確認ができない。
もしかして、今この場で生きているのは自分だけなのだろうか。
痛む身体を堪えて起こそうとして、手が何かで滑った。
血液、それから。
「…っく………」
手のひらにべっとりとついた肉片に、一瞬顔を顰めたが服で擦り取る。
立ち上がる力は無くて、膝をついた状態でぐるりと見回した。
爆音と風がやめば、周囲は静寂に包まれていた。
せめて、痛みに呻く唸り声でも、死に切れず苦痛に叫ぶ悲鳴でも、
何か聞こえていればまだ救われたかもしれない。
自分しか身を起こしていないこの現状、生きているのは自分だけだと知って。
涙は、出なかった。

 

ただ、胸の内にあるのは空虚。

 

叫ぶこともできず、それ以上、動くことも出来ず。
「…………」
空の心の中で、ただ呆然と、そこに。

熱を持った温い風が一陣、髪を揺らした。

 

 

これはきっと、悪夢だ。

 

 

 

 

 

<続>

 

 

 

今回の戦は、次回が最終話です。

この話は書くべきかどうか悩みましたが、キャラの心情をより深く伝えるには

書くしかないかなと思い、色々書きました。(汗)

お食事中の方、心臓の弱い方、どうもスミマセン。

 

とはいえ、ほとんどの方は大丈夫だと信じておりますので!!(苦笑)