<道標・向こうへ>
非常に難しい状況になった。
徐晃と張コウの2人を相手に、自分はどこまで食い下がれるのかと思うと、
趙雲の足は自然と後方に下がり気味になる。
その時、がさりと背後の茂みが揺れた。
「……子龍!!」
走って来た馬超の姿を認め、趙雲が笑みを零す。
「孟起、助かった…」
「駄目だ。尚香殿が撤退を始めている」
「何だと……!?」
苦い顔をして告げる馬超に、趙雲が驚きの声を上げる。
「ここは諸葛亮殿の指示通り、我々も退いた方が良いかもしれん」
「だ、だが、まだ関羽殿が……」
遮断された向こうで、関羽はまだ張遼と刃を交えている。
この事態が伝わっているのかどうかすら、定かではない。
「そもそも、あの2人が素直に退かせてくれるとも思えないしな…」
「諸葛亮殿が、」
馬超が徐晃と張コウの方へ視線を送りながら、小さく呟く。
「諸葛亮殿が関羽殿と尚香殿に何か入れ知恵をしているのを見た。
恐らく……彼は上手くいかなかった時の事も想定していたのかもしれん。
子龍、俺はもう少し時間を稼いでみようかと思う。
もしも我々が駄目になりそうなら、その時に退けば良い」
「………そうか、」
ふぅ、と吐息をひとつ落とし、趙雲が槍を肩に担いだ。
「ならば、俺はその手助けをするとしようか」
顔を見合わせて、頷きあう。
とりあえずの方向性は、それで決まった。
先刻から少し気にかかっている事がある。
策の向こうで孤立してしまっている張遼の事だ。
こちらは危険に晒されれば退路も確保できようものだが、恐らく張遼は
そう簡単にはいかないだろう。
とはいえ、このままそれを見過ごす事はできない。
「………張コウ殿、」
意を決したように徐晃は張コウへ視線を向けた。
「何でしょう?」
「貴殿は、あの柵を越えて向こうへ渡れますか?」
「柵……?」
言われてみれば、確かに徐晃が指差す方向には柵が見える。
大人の背丈の、2倍と少しほどの高さだろう。
「そうですね……できない事も、ないですが」
「補助は拙者が致します。あの向こうへ援軍に出ては頂けませぬか?
張遼殿が孤立して居るのです」
「え………ですが、」
徐晃をここに置き去りにすれば、彼1人に趙雲と馬超の2人を相手させる事となる。
勝ち目がないとは言えないが、その可能性は随分と低いだろう。
「拙者は大丈夫です」
にこりと笑って徐晃は言う。
「勝機がなければ、こんな事は頼みませぬ」
勝機がなくても、覚悟があれば言うだろう。
徐晃は、そういう人間なのだから。
そんな事を面と向かっては言えないので、胸の内で嘆息だけ零して張コウは肩を竦めた。
「仕方がありませんね。そうしましょう。
張遼殿を見殺しにしては寝覚めも悪いというものですから」
「頼りにしております、張コウ殿」
「では、徐晃殿。
柵の……そう、もう少し手前で……ああ、その辺りで結構ですよ」
徐晃の立ち位置を指示して、張コウが助走をつけるために距離を取る。
それを見た趙雲が、慌てたように馬超の肩を叩いた。
「と、止めるんだ孟起!!
向こうに渡るつもりだ!!」
「何だと……っ!?」
2人同時に槍を手に駆け出した。
狙うは、背を向けている張コウ。
目にした徐晃が、声を上げる。
「…っ、張コウ殿!!」
ちらりと視線だけを後ろに向けた張コウが。
薄い、微笑を浮かべた。
両手に装備していた鉤爪で、振り下ろされた槍を難なく受け止める。
「すぐ済みますから。お待ちなさいな」
やんわりとした声音とは裏腹に、押し返す力はとても力強い。
「…っく!」
弾かれて槍を引いた2人が次いで攻撃を仕掛けるその前に。
「では、失礼」
軽く片目を瞑ってみせて、張コウは徐晃に向かって駆け出した。
「弓兵!!」
趙雲が声を上げるのと同時に、周りの木々に潜んでいた弓兵が姿を現す。
張コウを指差し、号令を上げた。
「構え!!」
趙雲の号令に従い弓兵が矢を番えて走る張コウに狙いを定める。
「徐晃殿、後は頼みましたよ!」
「お任せ下され」
弓兵の存在に気はついているだろうに、それに構う事無く張コウは徐晃の手に
足をかけた。
「………せいっ!!」
徐晃が腕を持ち上げるその瞬間を見計らって、張コウが弾みをつけて飛び上がった。
刹那。
「撃て!!」
趙雲の、声が上がる。
自分に向かって放たれる矢を自身で見遣り、張コウは笑った。
「あんまり、徐晃殿を舐めてかからない方が宜しいですよ」
徐晃は瞬時に次の対応を取るため牙断を手にする。
柄の端ギリギリを握って、大きく振り上げた。
「させぬ!!」
斧を大きく右から左へ弧を描くように。
矢の大半を風圧で、一部をその斧自身で弾き、左手に持ち替えられた斧は
そのまま地へと突き立った。
同時に、柵の向こうでは地に足をつける、砂を踏む音。
「では徐晃殿、少し行って参りますね」
柵越しに背中合わせのままで張コウがそう声かけると、その奥へ向かって
走っていった。
視線は向けずに気配だけを感じて、徐晃は再び斧を持ち上げて肩に担ぐ。
ゆっくりと槍を手に近付いてくる趙雲と馬超に、徐晃が笑った。
「そういえば……2人同時にお相手する事はしませんでしたな」
蜀に居た頃に交えた手合わせは、全て1対1であった。
だが、ここは戦場。
そういうわけにもいかない。
「我等2人相手に、勝機はおありか?」
静かに趙雲が問う。
それに僅かに肩を竦めた徐晃は、斧を2人に向けた。
「……やってみなければ、結果など解りませぬ」
「手合わせでしたなら、良かったのですが」
趙雲と馬超も、構えを取って徐晃を見据える。
「………いざ!」
<続>
あと2〜3回ぐらいで、この戦は終われると……。(汗)
さて、どっちか勝つでしょう??