<道標・待ち望むもの>
目の前で砂塵が舞う。
瞼を落としてそれを堪え、過ぎ去った後に。
「しまった……!!」
徐晃は小さく呟く。
目の前には柵が落とされており、それの下敷きになってしまった数人の兵が
既に絶命している。
同時に両脇から蜀兵が姿を現した。
「こちらも、罠か……」
分かれる前に張コウに言われた言葉を思い出して、徐晃は得物を握った。
ある程度は予測の範囲内ではあったのだが。
「まさか、張遼殿と隔てられるとは思わなかったな…」
張コウなら飛び越えていけなくもないだろうが、自分にはそこまでの跳躍力はない。
それに、下手をすればどこかに潜んでいるかもしれない弓兵に
射掛けられる可能性もある。
そして一般兵の間から現れた男に、徐晃は吐息を落とした。
「趙雲殿………」
「お久し振りです、徐晃殿」
「思ったよりもずっと早い再会でしたな」
斧を持ち直し、徐晃は趙雲に向かって一礼する。
そして少しだけ微笑んだ。
「あの時は本当にお世話になり申した。
あの後、諸葛亮殿からのお咎めは大丈夫でしたか?」
「…………ええ、まぁ、それほどには…」
そう答える趙雲の笑顔はほんの少し引きつっている。
何か嫌な思い出でもあったらしいその記憶を頭を振って打ち消し、趙雲は槍を構えた。
「では、お相手願います」
「いざ、尋常に!!」
既に2人の表情からは、笑顔は微塵も見られなかった。
徐晃軍と乱戦を繰り広げる趙雲軍から少しだけ外れたところ、
まだ戦渦の届いていないところに、馬超が居た。
高い木の上で、魏軍本陣の方へと目を凝らしている。
予定では孫尚香の軍が今の内に敵本陣へと奇襲をかけ、本陣を制圧
できたら屋根の上に布をかけ合図を送って寄越す筈であった。
だが。
「………遅いな」
奇襲攻撃は素早さの勝負になる。
本来ならば魏軍がここまで辿り着くまでに、合図は送られてくる筈だった。
「いかんな……これ以上延びるようでは……」
もしかしてもしかしなくても、孫尚香は敗れたのか。
「とりあえず……子龍と合流するか」
ぽつりとそう呟いて、馬超が木から飛び降りる。
重い甲冑の音をさせて地に降り立つと、どこか近くで馬の蹄の音が聞こえてきた。
瞬時に馬超が戦闘態勢に入る。
「敵か……?」
まさかこんな所までやってきたわけでもあるまいに、とは思ったのだが、
もしやの事も考え、できるだけ足音をさせないように気をつけながら、
蹄の音が聞こえてきた方へと歩みを進めた。
恐らく道が違うのか、鬱蒼と茂った木々と茂みの向こうからそれは聞こえる。
意を決して、馬超はその向こうへと歩みを進めた。
馬の嘶き、蹄の音、立ち上る砂埃。
それらは全て、馬超の居る蜀軍の馬が起こしていた。
「………尚香殿………?」
先頭を走る馬に乗る女性に目を留めて、馬超が眉を顰める。
そのまま踵を返すと、馬超は元来た道を走り出した。
まだ聞こえてくる剣戟の音の元へ。
切っ先が掠めた腕から血が流れる。
そこに視線を少しだけ傾け、徐晃が苦笑した。
「また……腕を上げられたのですな、趙雲殿」
「いえ、まだまだです」
それに微笑で答えて、趙雲が首を横に振った。
徐晃の隙を探すのだけで、精一杯な自分に焦っている。
時間稼ぎで出てきたまでは良いが、やはり自分とでは力量が違いすぎる。
やっと見つけた隙を狙って攻撃しても、結局はかすり傷ひとつで終わった。
このままでは、余り長くは保ちそうにない。
「尚香殿……孟起は、まだか……」
唇を噛む。
こうなれば、捨て身でかかって徐晃を仕留めた方が得策かもしれない。
無論、逆に自分が命を落とすという可能性もあるのだが。
一度槍を持つ手を下げて、大きく深呼吸をする。
徐晃の自分を見る眼が、変わった。
「……参る!!」
大きく地を蹴って徐晃の元へと走る。
槍を握る腕に、力を込めた。
振り下ろされる槍の切っ先を見据えて、徐晃が斧を下から振り上げた。
だが。
「………っ!?」
斧は空振りをして、何もない宙を薙ぐ。
趙雲が槍を引いて左手に持ち替えた。
狙うはがら空きになった徐晃の、脇腹。
「覚悟!!」
「しま…っ、」
反射的に徐晃が固く目を閉じる。
聞こえたのは、ずっとずっと待ち望んでいた、声。
「させません!!」
茂みの向こうから現れた赤兎が跳ねるように、飛ぶ。
地に着く前に張コウが飛び降りて、趙雲の槍を自らの鉤爪で受け止めた。
ほんの一瞬遅れていたら、恐らく徐晃の胴は両断されていただろう。
そう思うと身体の芯が冷えるような感覚がした。
「ち…張コウ、殿……」
庇うように前に立つ張コウに、徐晃がホッとしたような吐息を漏らす。
「張コウ殿、本陣は……」
「大丈夫です。何とか食い止めてきましたから」
槍の先を弾いて返し、張コウは微笑を浮かべて答えた。
<続>
こう、場面がコロコロ変わると、書く順番を間違えないように間違えないように
ドキドキしながら書かないといけません。
そういうイミでは、書く側もスリル満点です。(笑)
………ちっとも嬉しくない。(泣)