【この道の上に立つ】
→ 在り処を探る。
「聞いてもいいか?」
「張飛殿から質問だなんて、珍しいですな。
何でござろう?」
薄暗い牢獄、鉄格子を挟んで外と内。
向かい合わせに座り酒を酌み交わしている中、張飛がふとした疑問を
口にした。
「アンタが大事な約束した相手って、どんな奴なんだ?」
一瞬、何と答えて良いか解らず、徐晃は押し黙った。
「そうですなぁ……」
腕組みをして考え込み、徐晃が低く唸る。
彼を一言で言い表すのは、酷く困難な話だった。
「そ…そんなに悩まなきゃなんねェ質問したか?俺……」
思わず困ったように言ったのは張飛の方だった。
「ほら、あるじゃねェか、良い奴、とか悪い奴、とか。
面白い奴とか、捻くれた奴、とか……」
「それならば………『変な奴』と申し上げれば良いですかな」
「へ…変?」
思わず眉を顰めて張飛が徐晃を見る。
それに可笑しそうな笑みを浮かべて、徐晃が言った。
「良い方なのは勿論ですが、時にはそうでもなかったり、
面白かったり、真っ直ぐだったり、捻くれてたり。
優しい時もあれば、随分と意地悪な時もあります」
「あぁ……だから変な奴……」
「でしょう?」
知らず口に出してしまった張飛の言葉に、徐晃が笑みを浮かべた。
「だが、芯の通った、確固たる信念を持たれた方だ」
これだけはどうしても譲れないとういうものを持っている。
そんな人だと。
そう告げた徐晃の表情は、とても穏やかだった。
「………会いてェか?」
「…………」
張飛の問いに、徐晃は困ったような笑みを浮かべた。
会いたいと、そう口に出してしまうのは容易い。
だが、言ってもそれが叶うわけではないし、逆に張飛を困らせてしまう
だけだろう。
徐晃は答えずに、牢の内側から手を伸ばして銚子を取ると、張飛の盃に
酒を注いだ。
「拙者の事などより、張飛殿はどうなのです?
しょっちゅうこんな所へ来て、拙者と酒など飲んでいて良いのですか?」
「ああ、イイんだイイんだ」
手をプラプラと振って明るく答える張飛に、徐晃が仕方無さそうに笑った。
「ですが張飛殿。この間、関羽殿がこちらに見えて随分ぼやいておりましたぞ?
『益徳は最近ずっとここで酒を飲んでいて、つまらん』…と」
「そんな事言ってたのか!?
…ったく、しょうがねぇなぁ……」
困ったような照れたような、そんな笑みを浮かべて張飛が頭を掻いた。
想う人がすぐ傍に在るのは、幸せなことだ。
一人、壁に凭れて目を閉じる。
逃げ出す事は、叶わなかった。
だけどそれで諦めたつもりはない。
機会があれば、いつでも狙う覚悟はある。
此処に自分の居場所は、無いのだ。
随分と長いことこの地に滞在していて、やっと気付いた事がある。
劉備と関羽と張飛、それに趙雲と馬超。
想い、というものは、とても曖昧なように見えて、実にはっきりとしたものだ。
それは友情であったり、家族愛であったり、もちろん恋心であったり。
様々な想いが、この場所にはあった。
その想いこそが、人を動かす原動力となるのだ。
では……自分は?
そう自らに問い掛けて、徐晃は小さな吐息をついた。
この国に自分の居場所が無いということは、想いの対象が無いという事だ。
解っている。劉備ではない。
劉備の事を主とは、思えない。
きっと何処に居ても、自分が主と仰ぐのは曹孟徳唯一人だ。
関羽や張飛に対して、友情はある。
大切な友だという想いはある。
だが、それが決定打にならなかったのは……きっと、それ以上の想いが、自分にあったから。
あの時、彼は確かに自分に言った。
「ずっと……想っていますから」と。
今にも泣き出しそうな顔で、手を、離された。
自分が割とそういう事に関して、鈍い上に無頓着だった事は解っている。
だが、そんな自分でも彼が言わんとしている事ぐらいは、いくら何でも伝わっている。
いつから『そう』だったのかは、解らないけれども。
問題は、そこじゃない。
問題は、己の気持ちだ。
あの時は、彼のその言葉に対して何も答える事ができなかった。
恐らく今目の前に彼が居たとしても、そしてもう一度同じ言葉を言われたとしても、
やはり自分には答える事ができないに違いない。
だけど、ただひとつはっきりしている事がある。
自分が『帰らなければならない』、まさにその時なのだという事だけは。
彼の想いに答えられるだけの想いを自分が持っているのかどうか、
己自身がそれを知るために。
「………しかし、この状態では……」
目を開いて、あからさまに落胆した表情で徐晃が呟いた。
牢の中は、時間感覚をより一層鈍らせる。
今、何刻程なのか…昼なのか夜なのかも、窓のないこの場所では確かめる術がない。
徐晃は息を潜めて耳を澄ませた。
音だけが唯一の手掛かりなのだ。
外では、見張りの番兵の話し声が聞こえる。
他に何の物音もしない所から思うと、今は夜なのだろう。
張飛が酒を片手に現れでもしてくれれば、もう少し簡単に時間も計れるのだが。
そこへ違う足音が聞こえてきて、徐晃は眉をひそめた。
何かが、来る。
その足音は入り口あたりで止まった。
何かを小声で話し、続いて鈍い音。
それから、また交わされる言葉。
「何事か…?」
徐晃は入り口を覗くように見遣る。
すると、そこから2人の男が走り込んできた。
そして、脱出劇が始まる。
<終>
2009年2月 再アップ。
元は自作の配布お題に挑戦していた時に書いたもの。微妙に改編アリ。
徐晃と張飛。といいつつ殆ど徐晃の一人称に近いな。(笑)
なんだろう、この徐晃の蜀への馴染みようは…。
いやいやでも、それが無くてはこのシリーズの意味が無いか。