【この道の上に立つ】

→ 交差するもの。

 

 

 

 

 

張コウに道を教えると先頭を彼に任せ、自分は2軍として続く。
時間との、敵軍の移動する速さとの、これは勝負だった。
谷を越え、張コウの部隊は進む。
それを見送って、夏侯淵は谷の上で馬を止めた。
とはいえ、自分の軍の大半は張コウの部隊に任せてある。
残ったのは夏侯淵と、彼自身が選んだ精鋭が十数人ほど。
「よっしゃ。あとは、ぶつかるのを待つだけだな」
これから起こる事を予想して、少し楽しそうに夏侯淵は呟いた。

 

 

谷間で、自軍と敵軍がぶつかりあったのがよく見える。
そして後ろからは。
「間に合ったか……」
張コウの軍が、挟むように突撃をかけた。
そこで、夏侯淵が弓を手に立ち上がる。
「さぁ、この矢が尽きるまで射掛けるんだ。
 気の済むまで、敵軍を狙い打て!!」
そう夏侯淵が高らかに声を上げたと同時に、矢の雨が敵軍を襲った。

 

 

 

 

 

 

「皆、退くな!!
 すぐ真後ろは本拠点だ、敵軍を入れたら終わりだと思え!!」
正面から残った兵で総攻撃をかける。
それを一番後ろの部隊で、馬に跨った司馬懿は檄を飛ばしつつ戦況を見守った。
とはいえ、拠点に入られたとしてもそこには曹操と許チョの部隊が待ち構えている。
負けるつもりは微塵もなかった。
ふと混戦した戦況の中、敵軍の動きが妙になった。
荒れている。
よく目を凝らして窺うと、谷の上から夏侯淵が。

「………成る程、そういう事か」

夏侯淵の考えていたことを知り、司馬懿は喉の奥で小さく笑みを漏らした。
この国の武将は、まとまりを持っているくせに、個々に動く。
「……興味深いな」
それはこの城に来て初めて零した、司馬懿の笑みであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

見事敵兵を殲滅させ、帰還した夏侯淵と張コウを皆で出迎える。
「見事だった」
素直にそう司馬懿が述べれば、酷く驚いた表情を張コウが見せた。
「……何だ、その顔は」
「いえ、別に。
 貴方も他人を褒める事があるのですね、と。
 そんな事を思ってしまいまして」
「貴様…!!」
言わなくても良い事をさらっと言ってしまった張コウに、司馬懿が目を据わらせて
睨みつける。
「まぁ、そんなに怒らないで下さいな。
 本当の事を申し上げたまでですし」
にっこり笑うと益々気を害したようで、司馬懿が今にも掴みかからん勢いで怒鳴った。
慌てて後ろから夏侯淵が押さえる。
「貴様!!さっきから黙っていれば言いたい放題に言いおって!!!」
「わ、こら、仲達、やめろっての!!」
「おや、そんなに気に障りましたか?
 済みませんね、なにぶん正直な口でして」
「ちょ、張コウ殿!!」
更にそう言って司馬懿の気を逆撫でする張コウを、徐晃が肩を掴んで押し留めた。
「張コウ殿いい加減にして下され、言いすぎですぞ!!」
「まだまだ言い足りませんよ!私はこの方が嫌いなんです!!」
「貴様に好かれたくもないわ!そのよく回る口を切り刻んでやろうか!?」
「こ、こら仲達、暴れるなっ!!」
「ふん、できるものならやってごらんなさい。
 貴方などにやられる私ではありませんよ!」
「ふっ、上等だ。
 吠え面をかかせてやる!!」
「………っ、」
掴み合いの大喧嘩寸前。
必死で止める夏侯淵と徐晃の声が、被った。

 

「「………いい加減にしろっっ!!!」」

 

 

 

 

その光景を何やら周囲は和やかな目で見つめていた。
「フム、いつの間にやら司馬懿殿は、随分ここに馴染まれたようだな」
そう言うのは張遼。
「何だ、意外と面白い組み合わせじゃないか。
 だが……この様子では、先は思いやられるがな」
隣で嘆息交じりの夏侯惇。
「なぁなぁ、どっちが勝つか賭けねェか?」
うきうきと楽しそうに賭け札を並べる典韋に、
「じゃあ、儂は張コウにしようかの」
便乗して、その賭け札を手に取る曹操。
「ど〜ぉでもいいけど、俺は腹減ったぞぉ〜〜〜!!!」
そうぼやいて地面に寝転がる許チョと、それからそれから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

漸く一段落した城に静寂が訪れたのは、随分夜も更けてからであった。
「全く……やっと何か話したと思ったら、減らず口ばっかりっ!!」
まだ少し気が済まない様子で、憮然とした表情で張コウが徐晃の前をずんずんと歩く。
「しかし、意外でしたな。
 張コウ殿があんな風に人に接される姿を見たのは初めてです」
その徐晃の言葉に、張コウは歩みを止めた。
「……ちょっとした、鬱憤晴らしですよ」
「…?」
そう言う張コウに徐晃が首を傾げてみせる。
「どういう意味でござるか?」
「そのままの意味です。
 あれだけ見事な策をお持ちなら、さっさと言えば良かったのに。
 そうしたら、何日も鬱陶しい会議なんてしなくても良かったでしょう」
軽く頬を膨らませてそう愚痴を零す張コウに、思わず徐晃の口元から笑みが漏れた。

 

 

廊下を、肩を怒らせた司馬懿がずんずんと歩く。
「一体何なのだあの男は!!
 減らず口にも程があるっ!!」
全く気の済んでない様子の司馬懿に、後ろをついて歩いていた夏侯淵が苦笑を浮かべた。
「まぁ、そう言ってやるなよ。
 アイツも悪気があったワケじゃないと……思う。多分。」
「いや、悪意なら十二分に感じたぞ、私は」
「………そっか。そうかもしれねーな、お前がそう言うんじゃあ」
大きな笑い声を上げて夏侯淵がそう答える。
廊下を歩く司馬懿の歩みが止まった。
つられて夏侯淵も足を止める。
司馬懿が、振り返った。
「時に、夏侯淵殿」
「妙才だ」
「……え?」
言われた言葉に、一瞬怪訝そうな目を夏侯淵に向けて、司馬懿が問い返した。
「妙才でいい」
「だ……だが、」

 

「対等にいこうぜ、なァ」

 

そう言って夏侯淵が穏やかな笑みを浮かべる。
暫し逡巡して、それから。
「……み、妙才、殿」
「おう」
「何か、言い馴れなくて妙な感じだ」
「なぁに、その内慣れるだろ」
軽くそう答えて。
小さく咳払いした司馬懿が、再び口を開いた。
「妙才殿、昼間の戦い、実に見事だった」
「お前の策も見事だったぜ、仲達」
司馬懿の言葉にそう答えて、夏侯淵が彼の頭に手を置き撫でる。
「なっ、何をするっ!!」
「いや、やっとお前が近付いてきてくれた、その記念にな」
その言葉に、困ったような、それ以上に嬉しそうな、そんな笑みを司馬懿は浮かべた。

 

この場所に居るための、そしてこの場所で生きる意味の、その答えを得たような。

そんな気がして。

 

 

 

 

それはまだ、曹操率いる個性豊かな軍団が天下へと歩み出す、少しだけ前の話。

 

 

 

 

 

<終>

 

 

 

2009年1月 再アップ。

元は自作の配布お題に挑戦していた時に書いたもの。微妙に改編アリ。

 

なんかこう……恥ずかしいなぁ。色々と。

ま、コレ書いた事の私は若かったんだ、ということで。(笑)