今はただ、帰路につく日を待ちわびて。

 

 

 

 

<道程>

 

 

 

 

 

 

時は少し前にさかのぼる。

 

 

徐晃が関羽の屋敷に厄介になってから、50の夜を数えた。
後は面倒になって止めたので、結局どれだけの時間が経ったかよく解らない。
関羽や張飛の計らいで投獄だけは避けられたものの、屋敷から
一歩も出る事はできなかった。
それを気にかけてか、関羽だけでなく張飛も時折酒を片手に訪れ
話し込む事が度々あった。
その心遣いは嬉しかったし気の紛れにもなっていたが、やはり武人である部分が疼くのか
体を動かしたくて仕方のない自分がいる。
武器を取り上げられていたので、それは叶わなかったけれども。

 

 

 

 

 

 

「暇だ…」
昼下がり、縁側でぼんやりと庭を眺めていた。
関羽は劉備に用があるとかで朝から留守にしている。
何もする事がないと実感した途端に、虚脱感が身を打つ。
捕えられた時から、逃げようという気は何故か起こらなかった。
もし失敗した時の事を考えると、否が応にも断念せざるを得なかったのだ。
約束を守る為には確実な方法でなくてはならなかったから。
とりあえず今は、流れに身を任せるだけである。
ぼんやりしながらそんな事を考えていると、庭先から声がかかった。

 

「貴殿が噂の徐晃殿か?」

 

不躾にも声をかけられたが、特に気にせずに徐晃は答えた。
「如何にも」
そう言いながら声がした方を見ると、やたら派手な黄金の甲鎧に身を包んだ男が
塀の外から顔だけを覗かせて、じっとこちらを見ている。
その男は表情を緩めて、外側の通りの方へ言葉を投げた。
「子龍!こっちだ!!」
そう呼び掛けると、その男は門を潜らず塀を乗り越えて入ってきた。
徐晃の前まで歩み寄ると、ぺこりと一礼する。
「私は馬超と申します」
訝しげに眉をひそめて見上げていると、少し遅れて門からもう一人。
「孟起!待ってくれって言っただろう!!」
息を切らして走りながら、男はそう叫ぶ。
その男に徐晃は見覚えがあった。
いつかの戦場で姿を見た事があるのだ。
「貴殿は…確か、趙雲殿では…?」
「覚えていて下さったのですか?光栄です」
穏やかな笑みを浮かべて、呼吸を整えながら趙雲は答えた。
とはいえ徐晃には二人が現れた理由が全く掴めない。
不思議そうに交互に二人の顔を見ていると、馬超が苦笑して説明した。
「我々は、関羽殿から頼まれた事があって参りました」
「関羽殿から?」
「はい」
その後を趙雲が続ける。
「徐晃殿が暇を持て余している様子なので、相手になってくれと」
何を、と尋ねる前に得物を渡された。
捕まった時に取り上げられた、自分の武器。
よく見ると、馬超も趙雲も槍を携えていた。
「ひとつ、お手合せ願いたい」
相変わらずの微笑を浮かべたまま、趙雲が告げる。
その言葉に、思わず徐晃の顔から笑みが零れた。
関羽の小さな心遣いに少し感謝して。
「…拙者で、宜しければ」
そう言うと徐晃はゆっくりと立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

「それまで!」
趙雲の声が響き渡った。
その視線の先には刃を首元に突き付けた徐晃と、軽く両手を上げた馬超。
「どうした孟起、3連敗だぞ?」
「冗談じゃない…なんて強さだ」
肩を竦めてそうぼやく馬超に、徐晃は困ったように笑った。
「だが、このように動いたのは久々です。
 馬超殿も素晴らしい腕前、非常に楽しかった」
斧を下げて汗を拭いながら徐晃が言う。
少し一服と縁側に腰を下ろすと、趙雲と馬超も隣に座った。
「関羽殿や張飛殿が、しきりに徐晃殿を欲しておられる気持ちが解る気がする」
「関羽殿と、張飛殿が…?」
馬超の言葉に驚いて徐晃が呟いた。
「今の拙者は、捕虜も同然だというのに…」
「蜀に降り劉備殿の元に従って頂けるのであれば、我らはいつでも歓迎しますよ」
「確かに…この国は良い国です。
 …しかし拙者には帰るべき場所がある」
諭すように告げた趙雲に、しかし徐晃は首を横へ振った。
「関羽殿にも張飛殿にも再三言われましたが、それだけはできませぬ」
「そうですか…」
残念そうに趙雲が頷く。
その時、突然徐晃が立ち上がった。
暫し睨むように門の方を見遣って声をかける。
「…諸葛亮殿ではありませんか?」
その問い掛けに、趙雲と馬超も驚いて門へ視線を向けた。

 

「鋭いですねぇ…」

 

そうにこやかに微笑みながら、諸葛亮がゆっくり門を潜りやってくる。
「気配は殺していたつもりなのですが」
「や、我々は全く…」
気付かなかったと馬超は半ば呆然として呟いた。
「殺気はなくとも、緩やかでいて冷たく鋭い気は消しきれておりませんな」
そう言って徐晃は笑った。
「今回はちゃんと関羽殿の許可を取って参りましたよ」
そう断って、諸葛亮は3人の顔を見やりながら言う。
「曹操軍が攻めてきました」
「なんと………それは真でござるか…!?」
驚愕を隠せない様子で徐晃が声を上げた。
「ええ。今、全将軍に召集をかけています。
 趙雲殿と馬超殿も先に行って下さい。
 策は姜維に全て授けてありますから」
「は…!」
頭を軽く下げて趙雲と馬超は慌てて駆け出す。
不安気に見る徐晃に、諸葛亮は笑みを浮かべた。
「今回の戦、徐晃殿にも来て頂きますよ」
「拙者も…?」
「ええ」
短く答えて、諸葛亮が目を細める。
一瞬背筋にぞくりと走ったが顔には出さず、徐晃はただ頷いた。

 

 

 

 

 

<続>