−Polestar−

 

 




ある夜のことです。
いくつもの星が瞬く雲ひとつない夜空を、勇者と大魔道士が
2人並んで見上げていました。
それぞれに名付けられている星の名前などはまったく
知らなかったけれど、勇者はそれを見て綺麗だ、とため息を
つきます。
隣にいる大魔道士は、ずっと黙っていました。
時々きらりと強く光を放つ星に向かって、勇者は手を
伸ばします。



「なんだか、手が届きそうですね」



それを聞いた大魔道士は、笑いました。



「届くわきゃねーだろ」



冷たい返事に、勇者の頬は少しムッとしたように膨らみます。



「そんなことありませんよ!
 このままずっとずっと空の彼方まで飛んでいけたら、
 きっと掴めます」


「なんだお前、そんな事本気で考えてんのか?
 こんなモンはな、この地上を飛び越えた遥か彼方に
 存在してるヤツなんだぜ。
 どんだけ空高く飛べたって、掴めねぇモンは掴めねぇよ」


「もう!
 どうしてあなたはそんな夢のない事を言うんですか」



呆れたような目で、勇者は肩を落とします。
この大魔道士はいつだってそうでした。
誰かが瞳を輝かせて言う夢を、彼はいつでも鼻で笑って
一蹴するのです。
できない。無理だ。やめときな。
もう、何度聞いたか知れません。


「あなたには、夢ってものがないのですか?」


そう言った勇者の言葉に、大魔道士は何も答えませんでした。
ただ、勇者の顔を見てニヤリと笑うだけです。






どうしたんだろう、と勇者が首を捻ると、大魔道士はいきなり
魔法を唱え出しました。
今まで聞いたことのない呪文です。
やがて魔法の光が大魔道士を包み、彼の小柄な体がふわりと
宙に浮きました。
これには勇者もびっくりです。
一度行った場所へ飛んでいく魔法はありましたが、
『空を飛ぶ』という魔法があるなんて知りませんでした。



「すごい!あなたは飛ぶこともできるのですね!」


「まぁな、オレは大魔道士だから、魔法でできない事なんてねーんだよ」



すいすいと空中を飛びまわりながら、大魔道士はえへんと
胸を反らします。
そして、空に瞬く星を指差して彼は笑いました。



「それじゃあ、今からオレが確かめに行ってきてやる。
 本当にこのままずっとずっと空の彼方に飛んでいけば
 星が掴めるのかどうか、オレが行ってみてやるよ」



そうして、大魔道士の姿はぐんぐんと空の上へと飛んでいき、
ついには夜の闇にまぎれて見えなくなってしまいました。






見上げていた勇者は、彼が星の光に照らされること無く
消えてしまったことに、少しだけ心配になりました。
本当に、掴んでくるのでしょうか。
もしかしたら大魔道士の言うように、掴めずに戻ってくるのかも
しれません。
そして、もっともっと心配になりました。



大魔道士は、本当に帰ってくるのでしょうか。



空の上にもう姿はありません。
前後左右、何処を見ても大魔道士の姿は見えません。
勇者は急に怖くなって、彼の名を何度も何度も呼びました。
けれど、それに返事をする声もありません。
いつだってすぐ近くに居た、大魔道士の姿がないのです。







そこで漸く、勇者は気づきました。
欲しがらなくたって、すぐそこに自分の星はあったのです。
まるで北極星のように、いつでも勇者の居場所を示していました。
なのに今はそれが見当たりません。
このままでは、迷子になってしまいそうです。



「届かなくったっていい、掴めなくていい。
 お願いですから帰ってきて下さい!!」



勇者は、空に向かって呼びかけます。
見失ってはならない大切な道しるべを、もう一度見つけたいのです。
空に瞬く星達は、勇者の言葉に返事ひとつ返しません。
けれど、それで良いのです。
応えて欲しい相手は、たった一人なのですから。






「………星を掴みたかったんじゃ、なかったのか」


「いいんです。私が気付かなかっただけなんです。
 すぐ近くにあったんですから……手を伸ばせば、届くところに」



後ろから声をかけられて、勇者はゆっくりと振り向きました。
少し上を見上げれば、いじわるそうな顔で笑う大魔道士が
浮かんでいます。
遠くで光る星達などよりも、ずっとずっと近くに。
右手をちょっと持ち上げれば、簡単に手が届きました。



「さあ、みんなの所に戻りましょうか、ポラリス殿?」



おどけた風に肩をすくめながら勇者が微笑みます。



「……北極星か。嫌なこと言うぜ」



やっぱり勇者の言葉に、大魔道士は鼻で笑います。
ですが、あんまりにも勇者が優しい顔で笑うものですから、
やがて諦めたように勇者の星は彼の元まで降りてきました。






「やっぱり、星は掴めるんですよ、マトリフ」


「そういう所がまだまだガキなんだよ、アバン」



ひどい!という勇者の抗議に、大魔道士は愉快そうに声を上げて笑います。






そうして、彼らの星見は終わり、仲間の元へと帰っていったのでした。



そんな彼らの頭上には、同じ位置で輝き続ける北極星が、ひとつ。








<おしまい>

 

 

 

イラスト協力 大江戸かるた様vv

 

 

絵本のような雰囲気でお話が書きたい!と思いついて書いたものです。

普段と明らかに違う書き方に戸惑いつつ、こんなおはなしができました。

ある意味コレが私の中の素直な先生→師匠像というか。(笑)

そして絵本みたいにしたい!という私のワガママに

盟友(笑)大江戸かるた様が応えて下さいました!!(><)

可愛らしいふんわりしたイラストが眩しい!!!

てか、私なんかの小噺にはマジで勿体無い!と戦慄を覚えてみたり…。

ホントにホントに有り難うございましたァァァ!!(スライディング土下座)