<A secret talk.>

 

 

 

 

立ち寄った少し大きめの街の片隅に、昔からの馴染みである魔法道具の店があると
言うので、それに興味を持ったアバンはマトリフについて行く事にした。
基本的に魔法とは無縁なロカは宿屋に置いてけぼりにしてきたし、レイラは他の
旅に必要なものを手に入れてくると別行動だ。
大きな買い物をするわけではないのでマトリフだけでも良かったが、色んな
魔法道具を見てみたいという好奇心からついて行きたいと言ったアバンを
マトリフは特に拒否する事は無かった。
手に入れたいものはもう決めてある、魔法力を回復する事ができるアイテムだ。
なので値段の交渉はマトリフに任せて、アバンは店内に所狭しと置いてある
魔法道具をじっくりと見て回っていた。
こういう時に心躍るのは、勇者というよりどちらかと言えば学者の血だろう。
アレコレと実際に手を触れながら見回っていたところで、用事を終えたマトリフが
アバンに声をかけた。
「いつまで見てんだ、そろそろ行くぞ」
「ああ、もう終わったんですね。
 もう少しゆっくりしててくれても良かったのに……」
「んなコトに時間かけてどうすんだよ、馬鹿が」
「あ、ちょっと待って下さい!!」
切って捨てるように言い放って店を出るマトリフに、慌ててアバンも小走りに
追いかける。
だから気付かなかったのだ、店に面する通りを子供が駆けていたなんて。
小さな衝撃を腰の辺りに受けて、アバンはそこに立ち止まった。
行き過ぎたところを振り返れば、まだ10かそこらの子供が盛大に尻餅をついている。
「あらら、すみません!!
 ちゃんと周りを見てなかったものですから……大丈夫ですか?」
駆け寄ってオロオロと子供の傍に膝を付くと、痛みを訴えた子供がジワリと目に
涙を浮かべた。
尻餅をついた拍子に掌を擦り剥いたらしい。
「ああ…困りましたね、レイラはいませんし……薬草を持ってたかな……」
ごそごそと懐を弄って確かめていた時、なかなかやって来ないアバンを連れに
来たのか、マトリフが呆れた顔で戻ってきた。
「なにやってんだよ、おめぇ」
「ああ、すみませんマトリフ。
 この子とぶつかってしまって……怪我をさせてしまったものですから」
「怪我ァ?」
訝しげに眉根を寄せたマトリフが、ちらりと座りこんだ子供へと目を向けた。
特に大怪我というわけでもないし本来は放っておいても大丈夫そうな傷なのだが、
それをつけた原因が自分にあることでアバンは立ち去り辛くなっているのだろう。
「ったく、しょうがねぇな……。
 そこのガキも、んな怪我ぐれぇでいちいち泣くんじゃねぇよ」
「マトリフ!そんな言い方は……!!」
「ほら、しゃんと立て」
怪我をしている方の手を掴んで、マトリフは子供を無理矢理立たせる。
身体についた土埃を簡単に掃ってやってから、彼は子供を覗き込んだ。
「まだ痛ぇトコはあるか?」
「………痛、くない」
擦り剥いた掌に目をやって、子供は大きく目を見開いた。
剥けていた皮はすっかり元通りになっていて、滲んでいた血もなくなっている。
じくじくとした痛みも全部消えていて、子供はきょとんとした目で目の前の
老人を見上げた。
「痛くねぇならさっさと行け。
 もう走るんじゃねぇぞ」
「うん、ありがとう!」
ぺこりと頭を下げると、マトリフの言葉を何処まで聞いていたのやら、子供はまたも
通りを急ぎ足で駆けて行った。
走るなって言ってんのに、と渋面を見せて呟くマトリフを、アバンは驚いた表情のままで
見上げていた。
怪我をしていた子供の手に触れた時にマトリフの掌から発したのは、回復魔法の光で
間違いは無い。
けれど、『魔法使い』として仲間に居る彼が回復魔法を使えるなんて、聞いた事が無かった。
それは彼自身が話さなかったこともあるし、今の今まで一度たりとも使った事が無かった
ということもある。
魔法使いが、攻撃魔法だけでなく回復魔法までも操る、それは彼が本当は『魔法使い』
などではなくて。
「…………あなた、賢者だったのですか?」
「………。」
「あなたと共に旅を始めてから随分経ちますが、今まで知りませんでしたよ」
「………知る必要は、ねぇだろう」
頭を掻きながら素っ気なく言い放つマトリフに、アバンが苦笑を浮かべる。
この口調を聞く限り、どうやら知られたい事では無かったらしい。
「どうして黙っていたんですか」
「だから、知る必要がねぇって言っただろうが。
 お前も……誰にも言うなよ、こんなこと」
まるで回復魔法を操る事がいけない事のように言うマトリフに、アバンは少し
不思議そうな顔で首を傾げた。
正直、アバンにとって回復魔法が使えるという事は、良いことは山ほど有るが
悪いことなどひとつも無いように思う。
なのに、自分に気付かれた事を良しとしないマトリフの真意が分からなかった。
「マトリフ、あなたの癒しの力はこれからの戦いでとても重要になりますよ?」
「……あのなぁ、オレは魔法使いとしてこのパーティーに入ったんだ。
 悪ィが攻撃魔法以外を使うつもりはコレっぽっちもねぇぞ」
「どうしてそんな事を言うのですか、あなたは!」
「だったら、仮にオレが回復まで面倒見てやるとして、」
人差し指をアバンの目の前に突きつけて、マトリフは強い口調で言う。
不機嫌を隠しもしない空気に、アバンは思わず口を噤んだ。

 

「レイラの立場ってモンは、どうなる?」

 

彼女はマトリフとは違い、僧侶を職として回復補助を専門としている。
そのテリトリーにまで自分が踏み込んでしまったら、彼女の存在意義が
危ぶまれるだろう。
アバン達と共に戦うと決め、そこに僧侶であるレイラがいると知った時、
マトリフは自分の中で全ての回復魔法の使用を禁じたのだ。
たまに、彼女の目が届かない誰も知らないところで使う事は稀にあったけれど、
決して彼女の領域だけは侵すまいと、肝に銘じていた。
「……マトリフ……」
「オレは女にゃ弱ぇんでな、レイラに辛い思いはさせたくねぇのさ。
 まぁ…そうでなくとも回復魔法なんて面倒臭ぇコトはあんまりしたか
 ねーんだけどよ」
「そうだったんですか……、いけませんね、私はどうも空気を読むのが苦手で。
 確かにあなたの言う通りです、彼女の役目まで奪うわけにはいきませんし」
「そうそう、分かりゃいいんだよ。
 だからコレは、オレとお前だけの秘密だ、いいな?」
言い含めるようにマトリフが言えば、神妙な顔でアバンが頷く。
満足そうに頷いて行くぞと言いながら歩き出した自分より2回りほど小柄な背中を
アバンは穏やかな声で呼び止める。
面倒臭そうに振り返ったマトリフへと、アバンは口元に人差し指を当てて言った。

 

「私からも……あなたに内緒話があるのですが、聞いて頂けますか?」

 

 

 

 

 

 

アバンがパーティーの一時解散を仲間達に告げたのは、それから一週間ほど後の事である。

 

 

 

 

 

 

<終>

 

 

 

また書いてしまっちゃった先生と師匠の話。

普通にDQをプレイしていて、賢者がパーティーにいる状態で

僧侶がパーティーに居ことってさほど重要じゃなくなって

きたりするなぁと思って発生した話。

師匠は仲間の前で回復魔法を絶対使わないといいな、って思いまして。