< The saga that a heart is excited. −2− >









「…………やってくれたな」
苦々しく吐き捨てるヒュンケルの目の前には、笑顔の眩しい弟弟子。
指名手配に近い状態になっているにも関わらず、彼はそれを全く気にした風もなく、
相変わらずの飄々とした態度でそこに居た。
大体の状況は既に話してある。
彼が……ポップがパプニカを逃げ出した後のこと。
レオナの命で大捜索が行われていること。
その命を受けて自分もポップを捜していたのだということ。
それら全部の話を丸ごと受け入れて、ポップはあっけらかんと言うのだ。
「捕まらなきゃイイだけの話だろ?」と。
これにはヒュンケルも返す言葉がなく、口を噤む他はない。
しかし彼は本当に分かっているのだろうか、ヒュンケル自身もポップを捕まえに来た
1人だということを。
「オレがお前を捕えてパプニカに連れていくという手もあるんだが」
「できるモンならやってみりゃイイさ。
 といってもオレも捕まる気なんてねぇからな、オレの持てる全ての手段を使って
 抵抗させてもらうぜ?」
ニヤリと笑って答えるポップには余裕がある。
もちろん全ての手段の中には、ポップの得意とする頭脳戦や話術があるのだろうが、
それ以外にも武力行使が入っているだろう。
とんでもない魔法を彼がいくつも有していることは、ヒュンケルだって知っている。
それら全てを最大限に使われて抵抗されては、自分とて易々と捕えるというわけには
いかなくなるだろう。
お互いに、それなりの痛い目に合う可能性だってある。
「そんなコトよりさ、オレだって別にずっとパプニカから逃げ続けるわけじゃなし、
 いずれはちゃんと戻ろうって考えてるんだから、それに付き合った方がマシだと
 思わねぇ?
 此処でドンパチやって双方が怪我するよりさ、オレのやりたい事に付き合ってもらって、
 気持ちよく別れた方がお互いのためって気がするんだよなぁ」
「やりたい事とは何だ?」
「ん〜、一言で言えば遺跡探索。
 つまり、気楽にブラリと冒険へ出てみたかったわけだよ、オレはな」
「ふむ……」
肩を竦めて何でもないように言うポップに、ヒュンケルは暫し考えるように地面へと
視線を落とした。
要するに、この弟弟子の探究心を満足させるような冒険に付き合ってやれば、
その内自発的に彼はパプニカに戻ってくれるということだ。
魔王が倒れてから暫く、あまり体を動かしてなかったこともあるし、
ある意味でこれは自分にとっても都合が良いのかもしれない。
実力行使ならまだしも、彼に戻るよう説得するのは自分には不可能だ。
「しかしだな、ポップ。
 どうしてオレを連れてきたんだ?
 剣士が良いというのは聞いたが……別にオレでなくとも良かっただろう」
「たまたま、だよ。
 オレが剣士を仲間にしてぇなって思った時に、たまたまヒュンケルが居た、
 そんだけの事さ」
「………オレで良かったのか?
 正直……お前から声をかけられるとは思ってなかったからな。
 お前、オレの事が嫌いだろう?」
「嫌いとはハッキリ言わねぇけど、ま、好きじゃねぇさ」
きっぱりとした物言いに、ヒュンケルの表情に苦笑が宿る。
マァムの事もあるし、そもそも自分がポップに好かれてないという事は
知っている。
「けどまぁ、選り好みしてられる立場じゃねぇって事はオレも理解してるし。
 それに……お前と何かを一緒にするって事が今まで無かったしな、
 何かと新鮮かな〜と思って」
「………分かった、お前に付き合おうじゃないか。
 何処へなりと好きな所へ連れて行け」
ポップは自分の事を好きではないと言ったが、自分は彼の事が好きじゃないのかといえば
意外とそうでもない。
以前は何かにつけて難癖を付けてくることもあったが、それを含めてもヒュンケルの目には
子供の幼い行為にしか映らなかった。
今でも、彼にとってポップはダイと同じく「可愛い弟弟子」なのだ。
そんな事をポップに言えばきっとメラゾーマの一発でも打ってきそうなので、
面と向かって言うことはこの先も無いだろうが。
その可愛い弟弟子から一緒に旅をしたいと言われて、断る理由などない。
「で、何処へ行くんだ?
 そもそも此処は何処なんだ」
「あ、言ってなかったな。
 此処はロモスの領内だよ、だいぶ端っこの方だけどな」
ごそごそと懐を弄って遺跡の場所が書かれた紙を取り出すと、ポップはそれを広げる。
細かい内容までは、書かれていることがあまりに詳細すぎてヒュンケルには
理解できなかった。
しかし、ひとつだけ分かったことがある。
「……ポップ、お前一体、何ヶ所回るつもりなんだ…!?」
「ええと、とりあえず控えてきたのは10ヶ所だけど」
「じ…ッ、10ッ!?
 もしかしてポップ、それを全部回りきるまで……」
「帰らねぇよ、当然だろ?
 ちなみに、お前にも付き合ってもらうからな? ぜ・ん・ぶ!」
紙切れから視線を持ち上げたポップは、ヒュンケルに目を向けてニヤリと笑う。
ここで初めて、ヒュンケルは安請け合いした己を心底後悔したのだった。




















ロモス領内の人里からは外れたところに、ひっそりと朽ちた城が佇んでいる。
いつからあるのかとか、誰が住んでいたのかとか、そういった事は記述に残っていない。
ロモスの王族が住んでいた記録も無いのだ。
ならば、一体その城は誰のものであったのだろうか。
そして今、その場所には何が残っているのだろうか。
「しかし……記録として残っているような場所ならば、既に調査は
 されているんじゃないのか?」
「甘いな。発見はされたけど何らかの事情で調査が断念されたような遺跡は
 そこらにゴロゴロしてんだよ。
 多少の危険は覚悟の上で、なんてお役所仕事の連中がやるわきゃねーだろ?」
「では、その城はどうして放置されているんだ?」
「んー…詳しいことは書いて無かったけど…、どうも調査隊が派遣されたのは
 全部で5回。ただ、生きて帰還した者はゼロ。
 これが理由なんじゃね?」
「なるほどな……」
遺跡のある場所に一番近い小さな村で一旦腰を落ち着けると、ポップはヒュンケルを
宿屋に待たせてフラリと何処かへ消えてしまった。
2時間ほど待っただろうか、またフラリと戻ってきたポップが手にしていた小さな袋を
ヒュンケルに渡しながら今回向かおうとしている遺跡について簡単に話す。
一応は話を聞いていたが、ヒュンケルは手渡された袋の方が気になって仕方がない。
「おいポップ、これは何だ?」
「ああ、薬草とか毒消し草とか、要りそうなのを一通りな。
 オレは魔法があるからイイけど、お前は一応持っといてくれ。
 常に一緒に行動できるとは限んねーしな。
 それと……さっき、道具屋でちょっと面白い話を聞いてきたぜ」
ひひひ、と悪戯でも思いついたかのようなポップの笑いに、自然とヒュンケルの
眉根が寄る。
こういう顔をした時のポップは大抵ロクなことを言わないのだ。
「遺跡のことを聞いてきたんだけどよ、この村の連中の間では大層有名らしいな。
 夜になると、人ならぬ者がうろついてるって話だ」
「人ならぬ者…?」
「つまり、幽霊だよ、ゆ・う・れ・い!」
「………くだらんな」
ふんと鼻で笑ってヒュンケルが返すと、この反応も予想済みだったのか
別段気を害することもなくポップは笑う。
「あー、楽しくなってきた!
 んじゃ、夜になったら遺跡に向かうとしようぜ」
「今からではないのか?」
「わーかってねぇなあ!!
 夜になったら幽霊が出るっつーんなら、夜に行くのがお約束だろ!!
 お前だって幽霊に会いたいだろ!ん!?」
「…………。」
別に会いたくはない。
会いたくはないが、それを言ってしまったら今度こそ彼の機嫌を損ねそうだ。
あまり場の空気を読むことが得意ではないヒュンケルでも、さすがにそれぐらいは
汲み取れる。
この旅はポップに任せようと決めたのだから、彼がそうしたいと言うのであれば
その通りにしてやればいい。
「分かった。だが余り無茶はするなよ?」
「しねぇしねぇ、オレ基本的にビビリだからな」
あっはっは、と大きな声で笑うポップに、ヒュンケルは内心でため息を吐いた。



基本的にビビリだと豪語する彼が一番、ここぞという時には無茶をすることぐらい、
既に何度も身をもって経験済みなのだから。










<続>



※さて冒険のはじまりです。