「まぁ、立ち話もなんですから。
 お茶でもしながらゆっくり話しましょうか」
「は、はぁ……」
目の前に突き付けられた現実をどう受け取ったものかと、曖昧な言葉で返した
ポップとダイは、アバンに背中を押されるようにして洞窟の中へと向かった。
促されるままにテーブルにつくと、アバンはいそいそとお茶の準備に取り掛かる。
時折聞こえてくる物音に耳を傾けながら、ポップは恐る恐る口を開いた。
「あ、あの………師匠……だよな?」
「…………まぁな。」
「な、なんだってそんな姿に…ッ!?」
驚きを隠せないままに訊ねてくるポップを見遣りながら、腕を組んで踏ん反り返るように
座っているマトリフは、重い吐息を零すだけで何も答えなかった。

 

説明するのも億劫だ。

 

 

 

 

<High & Low −心配性の子供と楽観的な大人−>

 

 

 

 

 

 

あらかたの経緯を聞き終えた後、そこにあったのは静寂だけだった。
ビックリしたようなダイの表情とは対照的に、ポップの表情はどこか深刻さを持っていて、
強く唇を噛み締めたままで俯いている。
「……ま、これからどうするかはゆっくり考えるとするさ。
 オレの寿命がそこまでついて来てくれるかどうかは知らねぇがな」
「オレのせいだ……」
「あん?」
「オレが、厄介なモンを師匠に押し付けたから…」
「…………。」
そもそも、時の砂というアイテムを手に入れたのはポップだ。
それを自分じゃ手に負えないからといって彼に預けてしまった、だから。
今にも泣き出しそうな表情で言うポップは、恐らくアバンとは違って起こってしまった
事の重大さを正確に認識してしまったのだろう。

 

「バカ言っちゃいけませんよ、ポップ」

 

何処かのんびりしたような口調がその場の空気を壊し、割って入る。
いつの間にやらハーブの香りをさせた紅茶を手に、アバンが戻ってきていた。
ダイとポップの前に置いたカップにお茶を注ぎながら、言い聞かせるように彼は言う。
「これはね、貴方のせいなんかじゃ、ちっともありませんよ?」
「でも、先生……」
「全部マトリフが悪いんですからね、ぜーんぶ。
 だから悪いのはマトリフです」
「2回も言わんでいい」
目を据わらせて睨みつけてくるマトリフなどお構いなしで、アバンはポップへと笑いかけた。
「どうせなら、指差して笑ってやればいいんですよ。
 テーブルに頭打つなんて、ちょっと間抜けが過ぎますよ、ってね」
「……そ、それは、いくらなんでも……」
すっかり不貞腐れたような顔でそっぽを向いている己の師を見遣りながら、ポップはアバンの
言葉に苦笑を浮かべた。
ふわりと漂うハーブの香りが、少しだけ気分を落ち着かせる。
しかし少し落ち着いた頭で考えてみても、現在のこの状況が決して良いとは思えなかった。
「なぁ師匠、オレ……もっかい破邪の洞窟に行ってみようか?」
「なに?」
「もしかしたら、もうひとつぐらい見つかるかも……なんて」
「………いらねぇよ」
ポップの遠慮がちな言葉に、少し考える素振りを見せたマトリフはすぐに首を横に振った。
そんな簡単に見つかるものなら、誰も「伝説級のシロモノ」だなんて思わない。
それに、それを手にするまでの道程がどれだけ過酷なものであったかを、マトリフは
ポップ本人の口から聞いて知っていたので、もう一度行って来いなどとは易々と
口に出来なかったのだ。
「もう、なるようにしかならねぇよ。
 折角だからオレも、第二の人生をエンジョイする事にすらァ」
「な…ッ、そんな簡単な問題じゃ…!!」
「心配すんな、ポップ」
アバンから紅茶の入ったカップを受け取り、マトリフはニヤリと口元を歪める。
この現象を甘んじて受けはするが、何もこのまま終わるつもりは無いのだ。
「おめぇは何も気にしなくて良い。
 んな事より、さっきおめぇが使った情けねぇルーラについて、オレは物申したい
 気分なんだがな?」
「…………それは後回しにして下さい。」
がくりと項垂れてポップは縮こまった。
ロクに制御もできていない情けない魔法を見られたのだ、説教だけじゃ済まないのは
身に染みて分かっている。
説教どころじゃない、修行と銘打った折檻が待っているかもしれない。
すっかり小さくなってしまったポップを眺めながらマトリフは手にしていた紅茶を
一口啜り、瞬間その動きを止めた。
この香りは、もしや。
「………おいアバン。
 おめぇ、このハーブどっから……」
「ああ、裏に少しだけ生えているのを見つけましてね」
良い実験材料になるだろうと手に入れた、ひとつの魔法薬があった。
手に入れたのは苗で、育てても僅かな量しか採れないだろうと言われているそれを、
自分の性格では考えられないぐらい懇切丁寧に育ててやって、漸く収穫できるだろうと
その時を楽しみにしていたものが。

 

ほんの一瞬目を離したスキに、一杯の紅茶に化けてしまった、なんて。

 

あっけらかんと答えるアバンに、マトリフの肩がぶるぶると怒りに震え出す。
「こ…この……ッ、バカ野郎が……採っちまっただと……ッ!?」
「ああ、貴方が育てていたのですか?
 道理でおかしいなと思ったんですよ。
 葉そのものを買えばとんでもない値段のハーブが、あんな場所に無造作に
 生えてるなんて」
「殺す。今すぐ殺す。焼き尽くしてやる!!」
「あはは、ベギラゴンだなんて、そんな物騒な呪文唱えないで下さいよ」
「死ねェェェェェ!!!」
「わッ、あ、あぶなッ!!」
「こっちだダイ、避難するぞ!!」
大慌てで脱兎の如くダイとポップが逃げ出すのを見送りながら、さてこの現状を
どうしたものかとアバンは対抗策を練りだした。

 

とりあえず、決して悪気があったわけではない事を彼には分かってもらいたいものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

転がり出るように洞窟から逃げ出して、ぜえぜえと息を整えながらちらりと
入り口である空虚な穴を見つめていると、そこから巨大な炎の柱が飛び出してきた。
思わず肩を竦めて、ダイは不安そうにポップの方を見る。
「ねえポップ、アバン先生………大丈夫だよね?」
「ああまぁ………多分?」
「なんで疑問形なんだよ!!」
「しょうがねぇだろ!?
 師匠の全盛期の魔法力なんて、考えたくもねぇんだよ!!」
「そ、そんなに凄いの…?」
「そりゃあ……歳食ってからでもあんだけすげぇんだから……なぁ」
言ってる傍から再び、今度は巨大な炎の球が立て続けに飛び出してくる。
「室内なのにお構いなしかよ……」
「本当に、2人とも大丈夫なのかなぁ……」
不安そうな表情で顔を見合わせていると、今度は人間が飛び出してきた。
あちちっ、と熱そうに服に纏わりついた炎をはたき落としているのは。
「アバン先生!!」
「大丈夫ですか!?」
「ああ、2人とも。
 大丈夫ですよ、フバーハで何とか乗り切りました」
多少の焦げ付きはあるものの、本人は至って元気そうに言うのにダイとポップは
揃って胸を撫で下ろす。
「いやぁ、怒らせちゃいましたねぇ。
 そんなつもりは全然無かったんですけどね?」
明るい笑い声を上げながら大した緊迫感も無く言ってのけるアバンに、ポップとダイは
感嘆の声と尊敬の眼差しを向けてはいるが。
何のことはない、昔行動を共にしていた頃からこんな事は日常茶飯事だっただけだ。
当時を知る、例えばマァムの母親やブロキーナ辺りに訊けばきっと面白い話を
沢山聞かせてくれるだろうが、残念ながらこの2人にそんな事は知る由も無かった。
「さて、どうやったら彼の怒りを鎮められますかねぇ。
 ………いやまぁ、方法は無いことも無いんですけども」
「とにかく早い事何とかして下さいよ、先生!
 こんな状態じゃ落ち着いて話するどころじゃないっスよ!!」
「そ、そうだよ先生!!
 これからどうするのかとか、色々聞きたい事はあるのに……」
「う〜ん………まあ、それもそうですねぇ。
 放っておくのも一興かと思ったんですけどね、面白いですし。
 けど、問題を先延ばしにするのも良くないでしょう」
やれやれと肩を竦めながらアバンは弟子2人の言葉に頷いた。
この現状に対してポップがやたら心配している、その内容についてはアバンも
最初から気付いていたし、気にもなっていた事のひとつだ。
状況を見るに、どうも良くないという風には伝わってきている。
ただ、それをどうにかする術を知らないというのもまた、事実だった。
あまりにも『時の砂』という物についての情報が少なすぎるのだ。
「……ま、あの魔法力を見せつけられると、絶好調なんじゃないかって気にも
 なっちゃうんですけど……」
「そんな事言って、手遅れになったらどうするんですか!!」
「………それはもっと、困りますね」
言い募ってくるポップの頭を軽く撫ぜて、アバンは苦笑を浮かべた。
ちらりとダイの方を窺い見るが、彼の方はどうやら自分達の会話の中身が
よく分かっていないのだろう、不思議そうな表情をしている。
「ま、とにかく今はマトリフの機嫌を直してもらうのが先でしょうか。
 ちょっと此処で待ってて下さいね」
ひらひらと手を振ると、アバンはゆっくりとした足取りで洞窟の中へと踏み込んで行く。
外で固唾を呑んで見守っているダイとポップには、中で何があったのかは分からない。
だが、次にアバンがひょこりと姿を現した時、彼は笑顔で手招きをしていた。

 

「もう大丈夫ですから、入ってきなさい2人とも」

 

 

 

 

 

 

 

<続>

 

 

 

 

アバン先生がどうやって師匠を鎮めたかはヒミツ。(笑)