「な……なんてこった……!!」
鏡の前で茫然と突っ立っているしかなかった大魔道士は、己の身に降りかかった
災難を、暫くの間受け入れる事ができなかった。
しかしここは腐ってもクールな魔法使い、すぐに我に返るとその聡明な頭脳は
次にどうすれば良いかという対策を打ち出すのにフル回転を始める。
だが、なかなかベストな案は出てこない。
こういう事態に陥った事が、例え相手が他人だったとしても経験が無いのだ、
それが自分ともなれば、焦りも加わり余計にロクな案が生まれない。
「ちっ…………しょうがねぇな」
小さく舌打ちを零すと、彼は一目散に外へと駆け出していったのだった。

 

 

 

 

<High & low −大魔道士の災難−>

 

 

 

 

 

 

場所は変わって、デルムリン島。
大魔王を打ち倒してから1年、半年ほど勇者は行方知れずとなっていたが、
それも程無く本人自ら五体満足で戻って来る事ができて、その後再びダイと
ポップの2人はこの場所でアバンの指導を受けることとなっていた。
アバンとしては彼らにもう教えることなど何もないと思っていたのだが、どうやら
中途半端に卒業の証を貰ってしまった2人の方は、それでは納得がいかなかったらしい。
そういうわけで、カールの女王の了承を受けアバンも再びデルムリン島へと
やって来ていた。
過去ダイに行っていたスペシャルハードコースは今は必要ない。
というか、出したところで今のダイなら軽くクリアしてしまうだろう。
それではあまりにも面白みがないので、ゆっくりじっくりと勇者とは何たるかを、
ポップには魔法使いとは何たるかを教えることにしていた。
本当の事を言えば、ポップの修業はマトリフの方が妥当なのではと思うのだが、
大魔王も倒れたのになんでそんな面倒臭いことをしなければならないのだと
マトリフに即答で拒否されたのだ。
元々ヤル気のない老人なので、仕方ないとはアバンも思っている。
「じゃあ、ダイ君にこのメニューをやってもらってる間で、ポップにひとつ
 宿題を出しましょうか」
「宿題ですか?」
「そうです、一朝一夕でできる事ではないと思ってますからね、3日ぐらいの
 猶予をあげちゃいます。
 その間に、ポップは精一杯詠唱時間の短縮をして下さい」
「………はい?」
「あんまり難しい呪文をイキナリでは可哀想ですからね、メラゾーマあたりで
 勘弁してあげましょう。
 呪文詠唱ナシでの発動にレッツチャレンジ!ですよ!!」
「げえぇぇぇぇッ!?
 そんな無茶なァァァッ!!」
「ノンノン、できないなんて決めつけちゃいけません。
 実際、もう一人の大魔道士なんて詠唱ナシでマヒャドぐらいいっちゃいますよ?」
「あんな化け物と一緒にしないで下さい!!」
自分には無理だと懸命に訴えるポップには、背後から飛来する何かにはどうやら
気付かなかったようだ。
相変わらず詰めが甘いとしか言いようがない。

 

「誰が化け物だクソガキがァァァ!!」

 

飛翔呪文で飛んできた勢いのままでポップの後頭部に一発蹴りをかまして地面に
沈めると、魔法を解除してすぐさまアバンの元へと歩み寄った。
少し不思議そうな表情をしていたアバンの目が、驚愕で丸くなる。
「あ、あなた、まさか…ッ!?」
「うるせぇ、今は何も聞かずにちょっとツラ貸せ」
「え、ちょっ……」
「いいから。」
問答無用でアバンの腕を掴むと、有無を言わさぬスピードで飛んできた方向へと
再び飛び去って行く。
その間30秒もあったかどうか、だ。
成り行きを見守るしかなかったダイは、地面に倒れたポップが身動ぎをしたのに
気がついて慌てて駆け寄った。
「ポップ、大丈夫!?」
「いってぇ………くっそ、あのジジイ……!!」
「え、ジジイって…」
「師匠だよ!!今の師匠しかありえねぇだろ!?」
「………???」
まるでポップの言葉が理解できないといった風な表情で眉を潜めるダイを余所に、
まだ地面と仲良くしたままのポップは強く拳を握り締めた。
「ルーラの詠唱破棄かよ………ありえねぇ…!!」
やっぱり化け物だ。化け物でなきゃ人外魔境だ。
がばりと身を起こしたポップの目には、ある種の決意が宿っていた。
何が何でも絶対にやってみせてやる、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

連れてこられた場所は、アバンもよく見知った場所だった。
湖のほとりにぽっかりと口を開けた洞窟は、自分の知り合いの住居となっている。
ふわりと綺麗に着地をして、自分を連れてきた相手は腕を掴んでいた手を離した。
「あの……、色々言いたい事は山ほどあるんですが、
 とりあえずひとつだけお聞きしても宜しいですか?」
「なんだ」
「あなた………マトリフ…ですよ、ね?」
その問いに今一つ自信が持てないのは、相手の風貌がアバンの知っているものと
全然違うからだった。
背丈は自分より少しばかり低いものの背筋は真っ直ぐと伸び、顔立ちは精悍で
年齢はさほど自分と変わらないように見える。
ただ、冷静さが籠った冷たい双眸だけが、自分の知っているものと同じだった。
アバンの問いを聞いて少しの間静かに見返していた相手が、こくりと首を縦に振る。
「………そうだ」
「ど、どうして、そんな姿に……!?」
「それを教えてやるよ。ついて来な」
驚いたアバンが声をあげると、あくまで冷静に答えたマトリフは洞窟の中を
くいと顎で示したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

<続>

 

 

 

 

見切り発車も良いトコなんですが。

始めた以上は書ききりたいと!!