遠く、パプニカの街から教会の鐘の音が聞こえてくる。
それに耳を傾けながら、ダイとレオナは岬に立っていた。
「行くのね、ダイ君」
「うん、あんまりのんびりしてたら、早く行けって怒られそうだし」
「………ねえ、あたし…時々思うのよ。
 本当にこれが……ポップ君にとっての最善だったのかしら、って」
以前はダイの剣が突き立てられていた岬に、今立っているのは十字架を模した石碑。
大魔道士の死を示したそれは、だがあくまでも目印にしか過ぎず、彼の身体は
此処には存在していない。
在り処を知るのは、目の前に立つ竜の騎士だけだ。







< Dark End. −終焉の鐘− >







竜の封印が施された場所は、本来竜の騎士しか入る事ができない。
そんな場所は、世界の各地に存在していた。
人々はその場所を『立ち入ることを許されていない神聖な場所』としている。
その内のひとつに、ダイはポップを連れて訪れていた。
石造りの祭壇に、抱えていた身体をそっと横たえる。
「此処、は…?」
「色々考えたけど、此処しか思いつかなくてさ。
 ……ごめんね」
「いや、オレの願いを聞いてお前が連れてきてくれた場所なら
 それが何処だって、オレは構わねぇさ」
薄く瞼を持ち上げて、ポップはダイがいるのだろうと思われる方向へ目を向けた。
自分がダイに願ったのは『自分の遺体を誰も知らない場所に隠してくれ』という
ことだった。
結果として、竜の騎士にしか入れない場所を選んだのだから、上等だ。
「……な、ダイ。
 お前に……これを渡しとく」
「え…?」
そっと差し出された手を覆うようにダイが掌で包みこむと、そこにあったのは
ポップが常に肌身離さずつけていた、輝聖石で作られた首飾りだった。
不思議そうにポップへと目を向けるダイに、少し照れくさそうに彼は笑う。
「オレはじきにこの心臓が止まって、身体は動かなくなっちまうだろう。
 目を開ける事もないし、何かを話す事も無い。
 けど……オレの魂だけは、いつだってお前の傍に在る」
「ポップ……」
「すぐに分かるさ、この言葉の意味が。
 オレの魂は永遠に、朽ちる事無くお前と共に在ることを誓う」
「…………。」
「ありがとう、ダイ。
 お前と居れて………楽しかった」
へへ、と力無く笑うポップの手を強く握り締めて、ダイは唇を噛み締めた。
氷のように冷え切っている彼の手は、どれだけ握ってももう温かくはならない。
「ポップ……オレね、ポップの事が好きだよ。
 これからもずっと、大好きだよ」
「………ああ、知ってる。
 オレも……ダイが、大好きだ」
「ポップ…」
最期を看取ってくれるのが、彼で本当に良かった。




「……………オレは、幸せだ。」




それが、ポップの最期の言葉だった。
くたりと力の無くなった手をいつまでも握り締めたままで、ダイがポップの顔を覗き込む。
瞼を下ろした彼の表情は、とても穏やかだった。
「ポップ……、」
彼の名前以外、何も出てこない。
他に何も、言えやしない。
ぎゅっと心臓を掴まれたような感覚に、ダイの眉根が辛そうに寄せられた。
「…………え…?」
握り締めていた掌の内側から淡い光が零れるのに気がついて、ダイはその手を
僅かに離す。
恐る恐るといった風に開けば、ポップから託された首飾りが輝きを放っていた。
淡い緑の、彼の魂の色で。
「ポップ…………ああ…そうか、」
握っていたポップの手をそっと下におろして、ダイがくしゃりと己の髪を掻き混ぜる。
漸く分かったのだ、ポップの言葉の意味が。



『朽ちる事無く、共に在ることを誓う』



彼の言葉を胸の内で反芻して、ダイはその首飾りを自分のものと同じように首から下げた。
「まだ、オレと一緒に居てくれるんだね……」
死してもなお、魂だけは此処に。
ダイの言葉に応えるように一際強く輝くと、輝聖石は光を収めた。
まるで、彼と話しているような錯覚に陥ってしまう。
「ポップ………ありがとう。
 オレに心を遺してくれて………ありがとう」
目の前の身体からは、もう生命の力は感じない。
ただ穏やかに眠るような姿のままで、いずれ彼の身体は朽ちてしまうのだろう。
けれど、決して変わらないものを、自分は彼から貰った。
自分に残されたやるべき事は、終わりを迎えるその瞬間まで精一杯生きることだ。
彼に恥じない生き方を、そうすればいつかまた、会える時が来るだろう。
頬を熱いものが伝って、ダイは慌てて服の袖で拭う。
だがそれは次から次へと溢れ出てしまって。
「泣くなよって言われたけど………泣かないって言ったけど………、
 今だけは見なかった事にしといてくれよ、ポップ。
 ……此処でだけ、だから。
 お前しか……見てないから」



ポップの冷たくなった頬を撫でながら言うと、ダイは声を上げて泣いた。






























初夏の温かい風を心地良く感じながら、ダイは石碑へと目を向ける。
自分にとってこれはもはや何の意味も成さない。
ポップの身体は自分しか知らないところにあるし、魂は今、己と共にある。
「ポップにとって最善だったかどうかは、ポップにしか分からないよ。
 でもさ、……ポップは、後悔だけは絶対にしてないと思う」
「そう………、そうかも…ね」
パプニカに戻ったダイは、レオナにポップの死を告げると同時に旅に出るとも言った。
世界中を回るのだと、竜の騎士としての役目を全うするのだと、そう言えばレオナには
止める言葉が見つからず、頷くしかなかったのだ。
「時々、パプニカにも顔を出すからさ。
 レオナも頑張ってよ、ね?」
「任せなさい!立派な女王になってやるんだから!!」
「ははは、頼もしいなぁ」
ぐっと拳を握り締めるレオナにダイが苦笑いで返して、それじゃあ行くよ、と
足元に置いていた小さな荷物を肩に担いだ。
小さな革袋と、腰に下げた剣と、大切な人から貰った首飾り。
必要なものはそれだけだ。
「いってらっしゃい、ダイ君」
「いってきます、レオナ」
パプニカの姫に挨拶をして背を向けたダイが、胸元の輝聖石をそっと撫でる。



「さあ、行こうか。」



きらりと淡い緑の光を放ったのを見て、ダイの表情にも笑顔が宿った。
















<終>







最後までお読み下さり有り難うございました!!