目が覚めると、そこはベッドの上だった。
視線を横にずらすと、憔悴しきったような表情のレオナがいる。
不思議そうに首を傾げると、彼女は良かった、と悲しげに微笑んだ。







< Dark End. −終焉の鐘− >







「ここ……パプニカ?」
「そうよ、ダイ君……落盤に巻き込まれたんですってね。
 大丈夫?身体は何ともない??」
「うん、大丈夫………って、ポップはッ!?」
急にがばりと身を起こしたので、レオナがきゃっと短い悲鳴を上げる。
ごめんと小さく謝って、ダイはレオナの方を見た。
「ポップは、落盤に合わなかった!?」
「何言ってるのよ……ダイ君が庇ったんでしょう?
 そう……ポップ君から聞いたわよ」
「ああ……うん、そう…だった。
 てことは、ポップは無事なんだね、良かったぁ……」
ホッと胸を撫で下ろしているダイに、だがレオナは悲しそうな表情を見せたままだ。
それに何処か嫌な予感を感じて、ダイは恐る恐るといった風に口を開いた。
「ねぇ……ポップは、無事なんだろ?」
「…………。」
「レオナ!何とか言ってよ!!」
「ダイ君、動ける?
 動けるならポップ君の部屋に行って頂戴。
 彼……ずっと、待ってるわ」
今にも掻き消えそうな命の灯火を、その為だけに燃やしているのだ。
レオナの言葉にダイは蒼白な顔色のままでベッドを飛び降りる。
大慌てで駆けて行く姿を、レオナは追わなかった。
いや、追えるわけがないのだ。



『姫さん………約束、破っちまってゴメンな』



ダイを抱えてルーラで戻って来た直後、ポップは自分にそう告げて大量の血を吐いた。
誰が見ても、もう助からないのだと言わざるを得ないような、状況だった。
けれど、ポップが約束を違えて魔法を使ったことを、レオナは責められなかった。
彼がいたから、ダイが助かったのだ。




















ポップの部屋の前に立って、ダイは小さく深呼吸をする。
普段通り慣れている扉なのに、何故だか開けるだけでとても緊張した。
この向こうで、ポップはどんな姿でいるのだろうか、それだけが怖い。
意を決して扉を開けば、普段と何も変わらない室内が目に入る。
ダイは部屋の中に身を滑り込ませると、後ろ手にドアを静かに閉めた。



「ポップ」



小さく問いかける。
驚かせないように、もし眠っているのなら、起こさないように。
ベッドの傍に近寄ると、横たわっていたポップが気がついたように目を開けた。
「………ダイ、か」
「うん、ポップ。
 ポップが助けてくれたんだってね、ありがとう」
「何言ってんだ………元はと言えば、オレのせいだろ。
 自分がやらかしたことの、落とし前をつけただけだ」
その為の代償は大きかったと、我ながらそう思っている。
けれど、ダイの無事な姿を見られたのだから、悔いは無かった。
「ダイ……オレは、後悔してねぇ」
「ポップ……」
「だから、お前が泣くんじゃねぇぞ」
「な、泣いてなんかないよッ!」
「ははは、どうだか……お前は人前じゃ我慢すっからなぁ……」
はぁ、と吐息を零してポップはそこで口を噤んだ。
ダイに触れたくて右手を彷徨わせると、しっかりと両手で包みこむ温かさがあった。
その温もりを感じて、ポップは柔らかく微笑む。
「ああ、そこに居たのか…」
「え…?」
「わり、もう……あんま見えねぇんだ……」
気配と声で方向は察知できるし誰が来たのかも分かるが、ちゃんとした居場所までは
ポップにはもう特定することができなかった。
「ねぇポップ、触ってもいい?」
「……触ってるじゃねぇか」
「そうじゃなくて、」
「好きにしな」
言い募ろうとする前にポップから少し投げやりな返事があって、ダイは軽く
吐息を零すと握っていた片方の手を離して、ポップの頬に触れた。
どちらかといえば体温の高い方だった筈の身体が、今やすっかり冷え切っている。
そのことで、ダイには分かってしまった。
もうすぐ、彼は自分を置いて逝ってしまうのだという事を。
ひやりとした感覚に辛そうに眉を寄せて、ダイは少しだけ身を乗り出した。
噤んだままの唇に、唇で触れる。
「あのさ、ポップ。
 オレに……何かして欲しいことはある?」
「そうだな……」
耳元に唇を寄せてそう問えば、うーんと首を傾げるようなしぐさをして、ポップは
暫く考えた後に口を開いた。
「して欲しいっつーか……頼みごとなんだけどよ」
「うん」
「お前は、竜の騎士としての使命を全うしろ」
「え…?」
「オレの事を気にするなとも、忘れろとも言うつもりはねーよ。
 んなの言ったって無駄だろうからな。
 でも……お前はこれから先も、全力で生きていけよ、いいな?」
「ポップ……」
「オレは、いつまででも待っててやる」
恐らく自分の顔を覗き込んでいるのだろうダイの顔も、正直なところ良く見えない。
けれど、声からして困惑しているだろうと思えた。
「お前が望むなら、最後の最後で迎えに行ってやってもいい。
 けど、中途半端に終わることだけはオレが許さねぇ。
 待つのには慣れてるからな………今更オレはどってことねーよ」
「………ポップ」
「できるか?お前に」
「ホントにポップが迎えに来てくれるなら、頑張る」
「そっか」
ダイの言葉によしよしと頭を撫でてやりながら、ポップは穏やかに微笑む。
残していくことになるダイの事が気がかりではあったのだ。
「他には?」
「んー………そうだなぁ」
少し思案してから、何気なくポップは口にしてみた。
「もう一回、キスしてくれるか」
「なんだ、そんな事でいいの?」
ふふ、と小さく笑いを零して、ダイはポップの言葉通りにしてやる。
啄ばむように数回繰り返してから、ポップはさて、と声を出した。



「最期の願い、聞いてくれ」



そろそろ、時間切れだ。




















コンコンと遠慮がちにノックをしてから、レオナはその部屋の扉を開いた。
あまりにも静かな事に少し心配になったのだ。
最後を看取ってもらうのはダイ一人でいいと、ポップはレオナにそう告げていた。
だからこそ、ダイだけを行かせたのだ。
もちろん人払いは既にしてある。
ポップが逝ってしまったのなら、ダイが出てきても良いと思うのだが、随分待ったが
その気配も無い。
中を覗き込んで、レオナは茫然とその場に立ち尽くした。



その部屋の中は全くの無人。
ダイどころか、寝かせていたポップの姿すらない。



ただ、開け放された窓から入り込んでくる風に煽られて、カーテンが緩やかに
はためいているだけだった。
















<続>