遺跡の入り口近くには、調査隊のものだろうテントが張られていた。
そこで待っていたのはアポロで、事情を知っていた彼はダイがポップを伴って
やって来た事に少し驚いたようだったが、2人を快く迎えてくれた。
簡単に状況を聞いたところによると、遺跡の奥に巨大な蜘蛛のような姿をした
魔物が巣食っているらしい。
本来ならば更に奥まで調査を進めたいところだが、張られた巣と蜘蛛本体が
邪魔をしてどうにもならない。
駆除をしようと調査隊メンバーの中でも攻撃魔法を得意とする者が数名赴いたが、
少し特殊な身体をしているらしく、生半可な魔法では倒すことはできなかった。
それどころか、魔物は調査隊の人間を捕食対象と認めたらしく、現在数名が
捕まったままという事だ。
「……どうやら、ちんたらしてる間はねぇみてーだな」
「うん、早く助けに行かなくちゃ!」
ポップの言葉にダイが力強く頷くと、揃って遺跡の中へと踏み込んだのだった。







< Dark End. −終焉の鐘− >







目的の場所までは、アポロが書いてくれた地図があったので、数多くの枝分かれを
している道も迷うことなく奥まで進む事が出来た。
途中で数人の調査隊に出会ったので、戦闘になるから一旦遺跡から外に出るようにと
連絡しながら少しずつ慎重に進む。
地図の一番最後、行き止まりのように書かれていたその場所に、相手は聞いていた状況と
変わらない様子で居た。
「……やだなぁ、グロテスクな感じ。
 あんまり斬りたくないんだけどなぁ、こういうの」
「そう言うなって、人質もいるんだからよ。
 ちゃっちゃとやっちまえ」
「はぁい」
遺跡の天井から地面までを覆うように幾重にも張られた巣の中央に、巨大な蜘蛛が
獲物を狙う視線を周囲に張り巡らせている。
自分は手が出せないし、下手に近づいて攻撃対象にされても困るので、ポップは
少し手前で足を止めていた。
見たところ、粘着質な巣に絡めとられるようにして捕まっている調査隊が3人。
まずは彼らの解放からだ。
「あまりヤツを刺激しないように、静かに巣を切り落とすしかねぇな。
 正直ちゃんと切れるかも見ただけじゃ分かんねぇけど……できるか?」
「ん、やってみるよ」
ポップの指示に頷くと、ダイは静かに敵の巣穴へと近づいた。
別にダイとしては先手必勝で斬りかかっても問題は無いが、それで人質に
何かあっても困る。
手にしていた剣で蜘蛛の糸というには太すぎる綱のようなものをちょいと突けば、
思ったより弾力があった。
手近なものを試しに切り落とすと、少しの抵抗感があったがどうやら問題無く
断ち切れる事が知れる。
そこで一旦手を止めて蜘蛛の動向を見てみたが、相手はまだ様子見なのだろう、
巣の中心で動く素振りを見せない。
助けを請おうと身動ぎをする調査隊の者に、大人しくしていてくれと声をかけて、
ダイは一人ずつ確実に助け出した。
ここまでは、順調だ。
「大丈夫かい、アンタら」
「は、はい……有難うございます」
どうにかこうにかで逃げ出せた3人は転がるようにポップの元まで走って来た。
気遣うようにポップが声をかけると、勢いよく頭を下げてくる。
「まさか、勇者様と大魔道士様が御一緒に来て下さるとは…!!」
「まーまー、そう堅苦しくなんねーでくれよ。
 怪我が無かっただけ良かったぜ。
 オレらはまだアレの退治があるんだけどよ、アンタらは自力で逃げられるかい?」
「は、…大丈夫です、道順は頭にありますので」
「さっすが頭脳労働を生業にしてるだけあるなぁ、頼りになるぜ。
 見たところ、他に魔物が出る気配も無いし、先に出ててくれるか?」
「了解しました、ですが…、」
「ぅわ…ッ!?」
何か気がかりな事があるようで、調査隊の一人が口を開こうとしたその時、
何処か遠くで低い轟音が鳴り響き、ぐらりと地面が大きく揺れる。
それに驚いた声を上げてポップが傍の壁に手をついた。
パラパラと天井から細かい瓦礫が降ってくるのに、訝しげにポップが頭上を見上げる。
「なんだッ!?」
「上じゃないし…奥でもありません!
 むしろ今のは入り口付近の方で……ま、まさかッ!?」
「あんだよッ、なんか思い当たるフシあんのか!?」
「そ、それが…」
何かに気付いたように声を上げた一人が、恐怖を表情に貼り付かせたままでポップの
方へと視線を向ける。
ダイやポップが通って来なかった通路でも、発掘調査は続けられていた。
大きな岩がいくつも行く手を塞いでいる状況を打破するために使われているのが、爆薬。
「けど、今のは岩ブッ壊すのに使うような威力じゃなかったぞ!?」
「もしかしたら、暴発したのではないかと思われます」
「げっ、シャレになってねーし……」
会話をしている傍から、もう一度音と揺れが同時に起こる。
確かに何かを掘り起こしているようには聞こえない。
どちらかといえば、一度目の爆発で他の箇所が誘発したかのような。
「あんまり此処も長くは保たねぇかもな……おいアンタら、急いで此処から退避だ!
 途中でまだ調査隊の奴らがいたら、全員表に出るように言ってくれ!!」
「わ、分かりました!!」
「時間がねぇから、急いでくれ!!」
慌てたようなポップの声音に頷いた3人は駆け足で入り口の方へと向かって走り出した。
その背中を見送ってから、今一度巣穴となっている方へと視線を向ける。
恐らくダイもこの揺れに気付いているのだろうが、それは蜘蛛も同じだったようだ。
忙しなく蜘蛛の糸を伝ってあちこちを走り回っているのを見ると、警戒しているというより
混乱しているような気もする。
「おいダイ、お前何やってんだ!!
 さっきの揺れ、気付かなかったのかよ!?」
「分かってるよ!!ただ、コイツがなかなかじっとしてくれなくて……」
「くそッ、もういい、んなのに構ってるヒマねぇよ!!
 オレ達も此処から出るぞ!!」
「え、ちょ、待ってよポップ!!」
くるりと背を向けて駆け出したポップに、慌ててダイがそれを追いかけた。
それに気がついたのか、蜘蛛がダイの背を目がけて飛びかかってくる。
気付いたのは、ポップが先だ。
「ダイ、後ろだ!!」
「え…ッ、うわッ!?」
鋭い顎で噛み砕こうとしているのか、襲いかかって来た蜘蛛はダイの頭を目がけて
齧り付いてきた。
ダイが咄嗟に剣でその顎を受け止める。
さすがオリハルコンで出来ているといえばいいか、頑丈な剣は巨大な蜘蛛の牙も
ものともしていない。
気合いを入れてダイが蜘蛛の腹を蹴り飛ばすと、突然の事に対応できなかったのだろうか
蜘蛛は簡単に仰向けにひっくり返った。
「ポップ!今オレのこと囮にしただろッ!!」
「あはははは!!悪い悪い!なんか埒が明かねぇようなカンジだったからな、
 油断したように背中を向けた方がおびき出すのに手っ取り早いだろ!?」
「もうッ、一瞬冷や汗かいちゃったじゃないか!!
 後で覚えとけよなッ!!」
仰向けになった蜘蛛の腹に乗りかかると、8本の足がダイの身体を捕まえた。
だが、特にそんな事は問題にならない。
今からやろうとするのは、手にした剣で蜘蛛の首を斬り落とすことだから。
「はッ!!」
気合一閃、蜘蛛の頭は簡単に宙へ舞い上がり、青緑の気味悪い液体を撒き散らして
近くに転がり落ちた。
それでもまだ暫くもがいていたが、やがて力無く蜘蛛の足もダイの身体から離れていく。
全てを見届けてもう動かないだろうと判断したダイが、手にしていた剣を鞘に収めた。
「あー……ポップのせいで散々だよ」
「はははッ、御苦労さん、ダイ!」
足早に駆け寄ってきてダイの肩を労うようにポップが叩けば、じとっとした視線を
向けられて、ポップはうっと言葉に詰まる。
「でも、これでもう安心だね」
「まぁな…けど、遺跡調査が続行されるかどうかは分かんねぇぞ。
 どうも別件でトラブルくせぇしな、…まぁオレらにゃ関係ねぇ話だから、
 とっととズラかろうぜ」
「そうだね。
 だけどポップ、この恨みは忘れないから」
「う……お前意外と根に持つヤツだったんだな。
 いいじゃねぇかよ、結果的には退治できたん……ッ!?」
ぐらり、と一際大きな揺れを感じてポップの身体がバランスを保てず傾く。
それを慌ててダイが腕を伸ばして抱き止めると、収まった揺れに小さく吐息を零した。
「早く出よう、ポップ」
「そうだな、なんかヤバそうだ」
ダイの言葉に頷いて、ポップは元来た道を慎重に歩き出す。
その後ろをついて歩くようにして、念の為にとダイは一度だけ後ろを振り返った。
自分が倒した巨大な蜘蛛は、もうピクリとも動かない。
安堵の息を漏らしたダイの耳が、何かのひび割れるような音を捉えた。
「なんだ……?」
「どうした、ダイ?」
思わず零れた言葉をポップが拾ったようで、足を止めて振り返る。
その頭上で、何かが砕ける音がした。
「ポ、ポップ!!危ないッ!!」
「へ?なん……うわあッ!?」
ガラガラと頭上の岩が崩れ落ちて、真っ直ぐ自分の元へ降りかかろうとしている。
避けなければと思うのだが、咄嗟の反応が遅れた。
「ポップ!!」
身動きのできない自分の身体が、強く突き飛ばされてポップは目を瞠った。
自分の方へと手を突き出したダイの上に、無数の岩が崩れ落ちていく。
尻餅をついた瞬間に一瞬視界が閉ざされて、次に開いた時には、ダイの姿はどこにも
見えなかった。
あるのはただ、大量の瓦礫の山だけ。
カラ、と音を立てて小粒の石が足元に落ちてきたのに、漸くポップは我に返った。
「ダ……ダイッ!!おいダイ、返事しろッ!!」
岩山に向けて声をかけるが、しんと静まり返った空間に響いたのは己の声だけだ。
なに?と返事をする声も、どうしたの?と訊ねてくる声もない。
背中をひやりとした寒気が通り過ぎて、ポップは拳を強く握り締めた。
「オレのせいだ……オレが、ちゃんと避けなかったから…ッ!!」
それなりの対応が取れていたら、ダイの事だから確実に避けるか防ぐかしただろう。
できなかったのは、自分が巻き込まれそうになったからだ。
自分を助けたために、ダイ自身の防御が遅れた。
だから。



「くそッ……こんな事があってたまるか!!
 今すぐ助けてやっからな!!」



立ち上がって、両の手に魔法力を込める。
魔法は使うなと固く禁じられていたけれど、今この場でそんな約束を守ってやる
つもりなんてない。
むしろ、やはり魔法を封じなくて良かったと思ったぐらいだ。
魔法が使えるから、だから自分はダイを助けることができる。
周囲を見回すと、どこもかしこも岩肌で、天井などはまた次いつ崩れるか分からない。
なので、此処で爆発系の魔法なんて使えない。
必要なのは、目の前の瓦礫の山を吹き飛ばす事だ。
ならば、この魔法しかないだろう。
両の手から空気を掻き回す風の力が巻き起こる。
それは徐々に風力を増して、巨大な力となっていく。
あまりの魔法力の強さに身体中が悲鳴を上げるが、そんな事に構ってる暇など
ポップには少しもありはしなかった。
とにかくダイを助けたいという一心で。



「バギクロス!!」



両の手から発された強い真空波は、目の前の瓦礫を一掃した。




















身体中が燃えるように熱い。
本当なら指一本動かすのも億劫なのだが、此処で根を上げるわけにはいかなかった。
瓦礫を吹き飛ばして見えたダイの身体を腕に抱き、ポップは次の呪文を口にする。
脱出呪文で遺跡の入り口まで出てきたポップが、漸く肩の力を抜いた。
腕の中のダイの様子を見る限りでは、大事は無さそうだ。
ただ、頭を打っているのだろう意識は失ったままの状態に、ポップは少しだけ
泣きそうに表情を歪める。
額が切れているのか血が流れているのに気付いて、ポップはそこに手を翳した。
淡い回復魔法の光が、徐々にダイの傷を癒す。
暫く光を放った後に魔法の力が途切れ、ポップは苦い笑みを浮かべた。



「さ………帰ろう、ダイ」



使う魔法は、あとひとつ。
これが自分の、最後の力だった。
















<続>