その話を持ってきた時、パプニカの姫はとても申し訳なさそうな顔をしていた。
「こんな時に……本当にごめんなさい、ダイ君」
悲しそうに言って俯いたレオナへ、けれどダイは大丈夫だよと肩を叩いた。
このパプニカという国に厄介になっている以上、何かあった時に力を貸さなくては
ならないという事はダイにだって十分に理解している。
今はできるだけ此処を離れたくないと、どれだけ願ったところでこれは個人的な
我儘にしか過ぎない。



遺跡発掘調査に出たチームから、魔物が出たという報告があった。
怪我人も出ているし、まだ中に取り残されている者もいるとのこと。
彼らの救出と、可能であれば魔物の殲滅。
これが、ダイに向けられた使命だった。







< Dark End. −終焉の鐘− >







「準備もできたし、それじゃちょっと行ってくるよ」
「ええ……でも、お願いした張本人である私が言うのも変なんだけど…、
 本当に良いの?ダイ君」
「大丈夫だってば、今のところポップの容体も安定してるみたいだし。
 むしろ暇だ暇だって騒ぐからオレもちょっと困ってたところなんだ。
 そんなワケで、ポップの事は宜しくね?」
「え、ちょ、そんな状態のポップ君を任されるの!?」
ダイがポップを伴って戻ってきてから一週間、最初の頃は少し具合の悪そうな
雰囲気があったのだが、それも2〜3日すれば収まったようで、今は暇を持て余して
日がな一日書庫に篭っているか、遊びに行きたいだの何だの喚くか、そんな毎日だ。
もちろん元気な事は大変喜ばしい事ではあるが、無茶をさせていつ容体が変わるか
分からないので、外に連れ出す事もままならない。
ポップ本人は大丈夫だと言うのだが、彼の大丈夫という言葉ほど信用できないものは
ないので、ひとまず彼の言葉は却下としている。
だが、実際ポップも口に出すだけで実力行使に出ようとしない所などは、彼自身も
自分の置かれている状況を正しく理解しているという事だろう。
「折角だから出先で何か本とか探してくるよ。
 向こうにはアポロさんもいるんだよね?きっと良いの見繕ってくれそうだし」
「そうね……なるべく早く帰ってきてね」
「うん。分かった」
こくりと頷くと、ダイは小さな荷物を肩に担いで執務室のドアを開けた。
だが、そこでぴたりと立ち止まる。
不思議に思ったレオナが駆け寄ってきて、思わず声を上げた。
「ポ…ポップ君!?」
「よっ、姫さん。
 色々考えたんだけどさ、面白そうな話だしオレも混ぜてもらおうかと思って」
軽く手を上げて何気なく言うポップは、既に見慣れた旅装束だ。
ずっとパプニカにいるという事で、ここ暫くはゆったりとした部屋着だったというのに
今こういう格好でそこに立っているということは、彼の言いたい事など訊かなくても
理解できてしまう。
「……駄目よ、ポップ君。
 今のあなたの状況、自分で分かってるんでしょう?」
「ああ、分かってるし、大丈夫だと自分で思ってるから行きてぇんだよ」
「ポップ……今から行くところは危険なんだよ?」
「それも分かってるさ。
 ああ、心配しなくても手を出すつもりはねぇよ。
 オレはただ単に、ヒマを持て余してるだけだからさ」
もしかしたら魔物と戦闘になるかもしれない、そんな所にポップを連れて行くわけには
いかないとダイが言えば、それも大丈夫だと自信たっぷりにポップは言う。
魔物が出たら、とりあえず自分は安全な所に隠れて見守っているから、と。
「まぁ、ダイだからな。
 大体の魔物には問題無く勝てると思ってるし、お前の足手纏いになるつもりもない。
 心配しなくても、お前の手は煩わせねぇよ」
「そういう事を言ってるんじゃないよ、ポップ!!」
「なんかさぁ、此処にずっと押し込まれてると、嫌でも自分が病人だって
 意識しちまうんだよなぁ……そりゃ、体調悪い時だってあるけどさ、
 そうじゃない時ぐらいは、少し自由になりてぇって思うんだよ」
もちろんダイやレオナが心配する気持ちは痛いほどに伝わっている。
遺跡調査なんて、誰も知らない未知の領域を暴いていくのだ、何が起こっても
不思議じゃない。
そういう意味では、とても危険な場所だ。
ただ、自分には大抵の危険を乗り越えられる程度の経験は積んであると思っている。
魔法は使えなくても、アバンに自分以上の切れ者と言わしめた頭脳で、少しぐらいは
ダイのサポートが出来やしないかというのが、ポップの率直な意見だった。
2歩、前に進んで自分より少しだけ背丈が高くなった相棒の顔を見遣り、ポップは
鮮やかな笑顔を浮かべる。
「大丈夫だっての、本当にお前は心配性なんだからさ」
「だって……そりゃポップの事だもの、心配にもなるよ!!」
「………分かったわ」
「レオナ!」
暫く思案をするように床へと視線を落としていたレオナが、何かを決意したような
表情でこくりと頷く。
非難するように声を上げたダイを手で制して、レオナは真っ直ぐにポップを見遣った。
「ただし、ひとつだけ約束して頂戴。
 絶対に……何があっても絶対に、魔法だけは使わないこと。
 それが守れるのなら、もう止めないわ」
「おう、約束するって。オレだって死にたかァねーんでな」
へらりと笑って請け合うポップに少しだけ不安そうな色を浮かべたが、レオナはそれを
振り切るように首を左右に振ると、ダイの背中をポンと叩いた。
「そういう事らしいから、後はダイ君がちゃんと守りなさいよ!」
「レ、レオナぁ……」
「情けない声出さないの!
 良かったわ、ヒマだの何だの五月蠅く言うポップ君の面倒を見ないで済むと思ったら
 ホッとするわね」
「姫さん、それが本音かよ」
「ほらほら、皆待ってるから早く行ってきて頂戴!」
ぐいぐいとダイとポップの背中を押して部屋から追い出すと、レオナはドアを閉めて
ふうとひとつ吐息を零した。
不安要素は沢山ある。だが、それはもう言っても仕方の無いことだ。
後はポップの言葉を信用するしかない、大丈夫だという、彼の言葉を。




















遺跡のある所へは、近くの街までならルーラで行けるので、まずはそこまで行ってから
徒歩になる。
とはいえ然程距離は無いので、そう大きな負担になる事は無いだろう。
「……本当にいいの、ポップ?」
「くどいぞ、オレは行くって決めたんだからな」
「まぁ……ポップがそう言うなら良いんだけどね」
はぁ、とため息を零してダイはテラスに続く扉を開けた。
空は透き通るような青で、これは当分雨など降りそうにない天候だ。
「……でも、正直言うとさ」
呪文を唱えるためにポップの手を取って、ダイは遠慮がちに口を開いた。
「少し、嬉しいんだ」
「へ?」
「オレ……本当は遺跡に行くの、気が進まなかったんだよ。
 ポップを置いて行くのがすごく気がかりでさ、オレのいない間に何かあったら…って
 そう思ったら、行きたくないって思っちゃって。
 でも、立場上簡単には断れないだろ?
 だから……一緒に行くって言ってくれた時、ホッとしちゃったんだ」
「ダイ…」
えへへ、と苦笑いを浮かべるダイに、ポップが暫く呆然としていたが、やがて
握られていない反対の手で拳を作ると、ダイの頭を軽く小突いた。
「いたッ、何するんだよッ!?」
「バーカ!!だったら最初から反対なんてすんじゃねーよッ!!
 素直に大魔道士様来て下さって有難うございますとか言っとけ!!」
「ば…ッ、馬鹿言うなよ!!そんな事言えるわけないだろッ!?
 ポップの身体が心配なのも本当なんだから!!」
「うるせーよ!
 おら、さっさと連れてけ!でないとオレが呪文唱えるぞ!」
「ちょッ、シャレになってないからソレ!!」
慌てて瞬間移動呪文を口にするダイを横目で眺め、ポップはやれやれと肩を竦める。
そしてダイに言われた言葉を思い出して、些かばつが悪そうに視線を逸らした。
まさか、同じ感情を持っていたなんて思わなくて。



離れがたいと思っているのは、何もダイだけでは無いのだ。
















<続>