パプニカに戻って最初に与えられたのは、レオナの説教だった。 諸々の事情があったとはいえ、何も言わずに突然城から姿を消したのだ、 彼女には結構な心配をかけてしまったのだろう。 その気持ちは分からないでもないのだが。 説教が始まってから、かれこれ30分が経とうとしていた。 < Dark End. −終焉の鐘− > 「だあぁ〜もう!姫さんの説教は長いんだよ!」 「まあまあポップ、心配かけたんだからしょうがないじゃないか」 「そりゃ…分かるけどよ、大体お前まで黙ってココを飛び出すからじゃねぇのか」 「あ、そういう事言うんだ!? ヒドイよポップ、オレだって心配したのに!」 更に追加で30分の説教を延長された後で漸く解放された2人は、廊下を並んで 歩いていた。 ポップは本来此処で寝泊まりすることはあまりないのだが、一応専用の部屋を 与えられているので、滞在しようと思えばできない事もない。 ダイの希望があって戻って来たので、とりあえずはそこを自分の居場所と するしかないだろう。 「あー……くたびれた。超疲れた。 ちくちくちくちく棘刺すのが上手いんだよな、姫さんは」 大仰に吐息を零してポップは廊下の片隅でしゃがみ込む。 頭がくらくらするのは、延々とレオナの説教を聞き続けたせい、だけでは無いだろう。 「……大丈夫、ポップ?」 「あー、平気平気、まだ大丈夫。 ホントに師匠のおかげでかなりマシになってんだわ、これでも」 心配そうに覗き込んできたダイに笑って返して、ポップは壁に手をつきながら ゆっくりと立ち上がる。 途端ぐらりと傾いた身体を、ダイが慌てて手を伸ばして支えた。 「どこが大丈夫なんだよ!」 「ちょっとよろけただけだろうが! 心配性すぎんだよ、お前は!!」 「…………。」 ポップの言葉に重くため息を零すと、ダイは無言のまま痩せた身体を問答無用で 抱きあげた。 慌てたのはポップだ。 「ちょ…ッ、おい、何やってんだよ、下ろせって!!」 「やだよ、だってポップ無理ばっかするんだもん」 「無理なんてしてねーだろ!!」 「はいはい、でも部屋まではこのまま運ぶからね」 「…………流すのが上手くなったな」 「お前とも長い付き合いだからね」 げんなりとした顔で呟くポップに、ダイはそう言って仕方無さそうに笑った。 溜まっていた執務を一段落させてレオナが一息ついていた時、遠慮がちに扉を ノックする音があった。 投げやりに返事をすると、それが開いてひょこりとダイが顔を覗かせる。 「レオナ、今忙しい?」 「ううん、丁度一息入れてたところだけど……どうしたの?」 「ええっと……ちょっと、話があるんだ」 後ろ手に扉を閉めながら言うダイに普段と違う雰囲気を感じて、レオナは応接用の ソファを手で示した。 それに頷いてダイがソファに腰を下ろすと、その向かいにレオナも座る。 「どうしたの、改まって」 「……ポップのこと、なんだけどさ」 「ポップ君? そういえば彼の姿を見ないわね、どうかした?」 「ああ、ポップは部屋で休んでるよ。 アイツの事で、ちょっとレオナに話しておきたい事があって」 ポップを部屋へ運んだ後、ダイは彼にレオナへ全てを話しても構わないかと尋ねた。 余計な心配をかけさせたくないというのが彼の希望だった事は知っているが、それでも この場所に留まってもらうのならば、遅かれ早かれ明らかになってしまう事ではあるし、 それならばいっそ早い方が良いだろうと、そう思ったのだ。 ベッドに寝転がったポップは、ダイのその問いに「任せる」と一言答えただけだった。 渋るでも嫌がるでもなく、ただ丸投げするかのような返答に少し戸惑ったが、 ポップが了承したのなら良いだろうと、ダイはレオナの元を訪れたのだ。 とはいえ、自分はポップから詳しい話はあまり聞いていない。 聞かなかったというよりは、聞いても理解できないだろうというポップの考えで、 難しい部分は全部端折られたのだ。 なのでダイ自身が上手く彼女に説明できるとは思えず、結局はポップに言われた言葉を そのままレオナに話すことしかできなかった。 だが、それでも彼女はダイの説明で大体の状況を掴んでくれたようだった。 何よりも、蒼白な顔がそれを物語っている。 「………なんてこと…なの」 「ポップは、魔法使いをやめたくないって言ってた。 そうする事で自分が死んでしまっても……それは仕方がないことだって」 「ポップ君の言いそうなことよね。 でも……まさか、魔法力の超過だなんて」 「魔法力の、超過?」 聞き慣れない言葉に、ダイが不思議そうに首を傾げる。 クエスチョンマークを表情に出したダイに苦笑を浮かべて、レオナは分かりやすいように 噛み砕いて説明することにした。 「つまり、ポップ君の身体に入りきらないほど、魔法力が膨れ上がるってことよ。 魔法を扱う人間の中で、極々稀に起こる事なの。 例えば彼の魔法力が100だったとして、魔法を使った後にどれだけ回復しても 結局100以上には戻らない。これが普通の状態ね。 けれど、彼の場合は放っといたら120にも150にも膨らんでしまう」 「え……でも、それってダメなことなの?」 「考えてみてよ、ダイ君。 そもそも100しか持てないものを、無理矢理150も持たされてみたら? ……そうね、ダイ君の武器が突然クロコダインの斧ぐらい重くなっちゃったら どうなると思う?」 「お、重たいよそんなの!持てっこないだろ!!」 「じゃあ、重たいからって理由で捨てられる? 大魔王とも一緒に戦ってくれた、大事な剣を」 「それは……」 「つまり、それが今のポップ君の状態よ」 「…………。」 「魔法力っていうのは自分の中にあるエネルギーそのものだから、 今言った武器の例とは違って、直接生命に関わってくるの。 それはダイ君にも理解できるわよね? ポップ君にとって、自分の魔法力が今は重荷でしかないわ。 だけど、彼はどうしてもそれを手放そうとしない。方法があるにも関わらず、よ。 これがどういう事だか…もうダイ君にも分かってるでしょう?」 「……うん」 確かにポップも言っていた、魔法使いで在るという事は自分にとって何よりも 大切なことなのだと。 重荷なら下ろしてしまえば良いのに、彼は決してそれだけは選ぼうとはしなかった。 自分の命のために捨ててしまうなんてことは、できるわけがないのだと。 「……ダイ君は、どう思うの?」 「オレ…?」 「ポップ君がそれで良いっていうのなら、あたしがしてあげられる事は何も無いわ。 それに……あたしとしては、むしろダイ君の方が心配よ」 「大丈夫だよ」 「嘘言わないで。ダイ君の嘘はすぐバレちゃうわよ」 「…………でも」 そんなのは嫌だと言ったところで、現状は何も変わらない。 結局いつかポップがこの世からいなくなってしまうという事実は、決して覆らない。 ポップ自身の意志が曲がらない事には、どうにもならないのだ。 曖昧な表情で笑みを浮かべたダイに、レオナはもどかしい気持ちを覚えて唇を引き結ぶ。 いつだってそうだった、ダイはいつだって相手の気持ちを優先して、周りの事を考えて、 最終的には自分が我慢するのだ。 「ダイ君は、どうしたいの? ポップ君に、何をしてあげたいの? 我慢ばっかりしていたら、あなたの方が壊れちゃうわよ」 「オレも………オレも、レオナと同じだよ。 ポップがそれで良いって言うなら、オレにしてあげられることは無いんだ」 「そんなこと…!!」 「だから、オレはせめて最後まで、ポップと一緒に居たいんだ。 一緒にいるって………もう決めた」 「ダイ君…」 穏やかに笑うダイを見て、レオナは今にも泣き出しそうに表情を歪める。 そうやってどこまでもこの少年は己の心を隠し続けて生きるのだろうか。 嫌だと駄々を捏ねて泣き喚いてくれればまだ自分にもかけてあげられる言葉が あるだろうに。 「だからさ、オレは此処から出てはいけないから、ポップを此処に置いて 欲しいんだよ。レオナには迷惑かけちゃうかもしれないけど」 「馬鹿ね!そんな筈ないでしょう!!」 「うん、ごめん」 えへへと苦笑いを浮かべて頭を下げると、ダイはもう行くよ、と告げて ソファから立ち上がった。 歩き出そうとするその背を思わずレオナが呼び止めると、きょとんとした目で ダイが振り返る。 「なに?」 「これは忠告よ。 少しでも長くポップ君を生かしたいと思うなら、これから先は決して魔法を 使わせちゃダメ。今のポップ君は身体の中に爆弾を抱えてるものだと思いなさい。 ただでさえ負荷のかかっている身体に更に負担をかけるようなことをしたら、 多分ポップ君の生命は保たないわ」 「……うん、分かった」 レオナの言葉に神妙に頷くと、ダイは静かに扉を閉めてその場所を後にした。 自分以外誰もいなくなった場所で、レオナはソファに沈み込み項垂れる。 (もうすぐ………ポップ君がいなくなる……?) あのお人好しの底抜けに明るい笑顔が無くなってしまう。 その事を考えて、レオナにはその先が想像できない事に気がついた。 正確には、ポップを失ってしまった後、ダイがどうなってしまうのか。 どれだけ考えても、それだけが浮かんでこないのだ。 <続> |