< Dark End. −終焉の鐘−
> 「ポップは、この世で最高の魔法使いだよ」 「え…?」 僅かに身を離して、ポップの顔を窺い見るように覗く。 突然の話の振りにどう反応すれば良いか分からず、訝しげにポップが眉根を寄せた。 「それで、最高の魔法使いのまま、死んじゃうんだよ。 きっと伝説に残るね、ポップのことは」 「……よせやい、ガラじゃねーよ」 「オレ、吟遊詩人になろうかな」 「はい?」 「それでね、ポップが死んだら伝説にしてあちこちに語り歩くんだ」 「……やめろ、やめてくれそれだけは、頼むから!!」 心底嫌そうな顔で言ってくるポップを見て、ダイの表情に笑みが宿った。 一緒に泣いてやるなんて、自分達らしくない。 自分が泣いていた時、ポップは精一杯の笑顔と力強さで自分を励ましてくれたし、 時には涙を忘れるぐらい笑わせてくれたりもした。 だから、今度は自分がポップにそうしてあげる番なのだ。 何を言ってもポップの中にある恐怖は取り除いてやれないだろう。 ならば、できる限り傍にいて、一時でも良いから恐怖を忘れるぐらいの 笑顔を取り戻してあげたい。 「なんで、いいじゃないか? 大魔道士ポップの伝説を後世にまで語り継ぐんだぜ?」 「だァから、それが恥ずかしいんだっつーの!! 一体何を吹聴して回る気なんだテメーは!!」 「それはまぁ……色々と」 「ぜっっったいロクな事じゃねぇよな……何が何でも止めてやる」 「あははは」 「ったく………しょうがねぇヤツ」 笑うダイの姿に毒気を抜かれたような顔で、ポップの表情にも苦笑が宿った。 結局これが、自分達の距離なのだ。 「ねぇポップ」 「なんだよ」 「一緒に……パプニカに帰ろう?」 「……けど、」 どうせポップのことだから、このことを周囲に知られたくなくてこのまま何処かへ 姿を消すつもりだったのだろう。 けれど、自分が此処に居る限りは、絶対にそんな事させてやらない。 「大丈夫だよ、そりゃ最初はレオナも五月蠅く言うかもしれないけど…、 オレが、一緒に説得するからさ」 「ダイ………お前、」 「決めたんだ。ポップが戦ってるのなら、オレも力を貸すって。 だから、ポップのやりたいようにすればいいよ」 「それで……それでお前は辛くねぇのかよ。 オレのワガママばっか聞いて……それでお前はいいのか?」 「良くないよ!今だってオレはお前に死んでほしくないって思ってるよ!! けど……それで、そのことで、お前が余計苦しむのなら……もう、言わない。 でも、離れたくもないから……一緒にパプニカに帰って欲しいんだ」 いずれ訪れる死が大前提として、ダイ自身がしたい事といえばそれしか無かった。 ずっと傍に居て、辛いことも悲しいことも全部全部見守って共有したい。 それだけが、ダイの求めるものになっていた。 「オレ、自分のことしか見えなくなってたんだ。 ポップのこと、全然考えてあげられなかった。 だから、オレの気持ちとお前の気持ちが重ならないのなら、 オレはポップの気持ちの方を優先したいって思ったんだ。 それに……連れて帰りたいって思ってるのはオレのワガママだよ?」 「ダイ……」 「ね、だから一緒に帰ろうよ」 懇願するような目で見られて、ポップは何も返せず押し黙る。 帰る気なんて元より無かった。 無かったけれど、自分はダイのこういう目に弱いという事も自覚している。 こんな顔で頼みごとなんてされた日には、断れたためしが今までだって一度もない。 少し考えて、ポップは諦めたように苦笑を零した。 「しょうがねぇな……お前に教えてた勉強もまだ、途中だったしな?」 「う…ッ、そ、それはもういいじゃないか……」 「良かねーよ。引き受けたからにはオレの目が黒いうちは最後まで責任を持つぜ」 嫌なことでも思い出したかのようにウンザリした顔をするダイを見て、してやったりと ポップの顔にも笑みが浮かぶ。 緩慢な動きでベッドから降りると、傍にあった自分のブーツを履いてポップはダイに 手を差し出した。 「帰るんだったらさっさと行こうぜ。 あ、でも、ルーラはお前が唱えろよ。 オレは……たぶん、使わない方が良い」 「うん。あ、でも!アバン先生達には挨拶してかなきゃ!!」 「おっといけね、忘れるところだった」 ガリガリと頭を掻くと、ポップは差し出した手を引っ込めてドアの方へと歩き出す。 弱々しさが感じられない今では、まるでこれから死に逝く人なのだということが 嘘のようだ。 (いっそ、嘘だったら良かったのに) 差し出された手を握れなかった事が、ほんの少しだけ残念だと思った。 「……行ったのか」 「ええ」 パプニカに戻ると言った2人を中庭まで見送って、アバンが踵を返そうとした時 その先にマトリフが立っている事に気がついた。 さっきまで意識も無い状態だったので、マトリフにも挨拶がしたいと言ったポップを アバンはやんわりと拒否していた。 今のマトリフの状況を知らせるだけでも、きっとポップを傷つけてしまうと 考えたからだ。 また折を見てマトリフの住居に挨拶に行けば良いと言えば、意外とあっさり 彼は納得してくれた。 もしかしたら、案外ポップにもこの状況が分かっているのかもしれない。 「まぁ、今日明日にくたばるってこたァねーが……辛い道を選びやがったな」 「もう…我々には見ているしかないのでしょうね」 「そういう事になるな」 あっさりとマトリフはアバンの言葉を肯定して、それじゃオレも帰るかなと 瞬間移動呪文を口にした。 ポップが此処にいないのであれば、自分も此処に滞在する理由がない。 「ちょっと!!あなたはまだ……!!」 「コレを機にカールに居させようなんておめぇが考えてる事はお見通しなんだよ。 そうは簡単にいかせるか」 「マトリフ!!」 「あばよ、また会おうぜ」 にやりと口元を歪めると、マトリフはそのままルーラで姿を消してしまった。 後に残されたのは、アバンただ一人。 「まったくもう……心配してるのがどうして分からないんでしょうかねぇ。 ほんと、師弟共々どうしようもないんですから……」 ため息と共に零された言葉を聞いた者は、誰もいなかった。 <続> |