さて、これからどうするか。
ベッドに仰向けに転がったままで、ポップはそんな事を考えていた。
自分の置かれている状況を知った今、パプニカに戻ろうという気はない。
かといって、実家に帰ってもいたずらに両親を心配させるだけだ。
いっそ、誰も来ないような山奥にひっそりと暮らして、一人静かに人生を
終えてみるのも大魔道士らしくて良いかもしれない、なんて思って
ポップの口元に小さく笑みが浮かんだ。
どっちにしろ、ダイやレオナ達にこのことを知られたくはない。
きっとさっきのアバンのように、五月蠅く言ってくるのは目に見えている。
だが、ポップのそんな考えはあっさり砕かれてしまった。


突然の、来訪者によって。







< Dark End. −終焉の鐘− >







荒々しい足音が、いくつか。
程好く防音の効いた部屋ではあるが、ポップは廊下を歩く足音を捉えていた。
その足音は真っ直ぐこちらへ向かってくる。
思わず体を起こし身構えて扉を見守っていると、それが荒っぽい音を立てて開かれて。


「ポップ!」


飛び込んできた相手を確認すると、ポップは重苦しい吐息を零した。
よりにもよって、ダイが来るなんて、と。
「ダイ君、待って下さい!!」
「ポップはまだ安静が必要だから、あんまり無理させんじゃねぇぞ」
「ああ……なんか泥沼っぽい空気……」
げんなりとした表情を見せて、ポップが天井を仰ぐ。
気がつけば何だか大層な雰囲気になってきているようだ。
もちろん、これから先の事とかを考えると当たり前なのかもしれないが、
マトリフの魔法のおかげで体調の戻ってきている今となっては、ポップにとって
少し面倒臭い空気である。
辛気臭いのも、湿っぽいのも、ポップの良しとするところではない。
「ダイ…」
「こんな所に居たんだね、ポップ。
 随分……捜したんだよ?」
ポップの傍まで歩み寄ると、ダイはそう告げて少しだけ表情を和らげた。
すぐにでも問い詰めてやろうと思っていたのだが、ポップの顔を見たことで
勢いが削がれてしまったようで、それだけ言うとダイは黙り込んでしまった。
訊きたい事は山ほどあるのに、上手く言葉になって出て来てくれない。
「先生、師匠。
 少しだけ……ダイと2人にしてもらえませんか?」
ポップの言葉に一瞬何か言いたそうにしたが、アバンとマトリフは頷いて部屋から
出て行ってくれた。
自分達の口から語るより本人の口から話した方がずっと真実味があるだろうし、
きっとポップなら上手く言うだろうと考えたからだ。
静かにドアが閉められて、静まり返った部屋の中に振り子時計の音だけが響く。
先に口を開いたのは、ポップだった。
「………悪かったな」
「なにが?
 どうして謝るんだよ」
「いやな、一緒に遊びに行くって約束しといて、オレお前を放ったらかしにして
 どっかに行っちまったろ?
 待ちぼうけ食らわせちまって、悪かった」
「そんなこと……そんなこと、もう……良いよ」
苦笑を浮かべて頭を下げるポップに、ダイは首を横に振ってそう答えた。
実際、ダイの中ではもうそんな事すっかり忘れていたことだったのだ。
とにかくポップを捜し出さなければという気持ちで頭が一杯で。
「もしかしたら、ポップはもうこのまま戻って来ないんじゃないかって、
 不安になって……だから、捜していたんだ。
 ポップってば、時々フラリといなくなる時があるからさ」
「オレを師匠と一緒にすんなッ」
「なに言ってんだよ、そっくりじゃないか」
「なにおぅッ!?」
拳を振り上げて抗議するポップに、漸くダイの表情にも笑みが宿る。
ポップはそれを見て、ホッと内心で安堵の息を漏らしていた。
暗い顔は、やっぱりダイには似合わない。
「それじゃあ、話をするか」
「え?」
「知りたいから、オレの所まで来たんだろ?」
「……うん」
笑みを湛えたままで言うポップに、ダイは真剣な顔をしてこくりと頷く。
傍にある椅子に座れと促せば大人しくそれに従った。
話すといっても、一体何から話せば良いだろうか。
暫く考えて、ポップは結論から話すことに決めた。



「……オレ、どうやらもうすぐ死んじまう、みたいなんだ」



大きく大きく見開かれたダイの目を真正面から見つめると、ポップは困ったような
笑みを零す。
「ポ、ポップ…?」
「あんまり細かいことを話してもお前分かんねーだろうから簡単に言うけど、
 このままじゃあ、オレが死ぬっていう事実は変えられねぇらしい。
 生きるためには……オレが魔法使いである事をやめる必要がある」
「やめるって……マァムみたいに?」
「違う違う。マァムのは転職ってヤツだろ?
 今まで培ってきた魔法力や契約した呪文はそのまま使える。
 そうじゃなくて……呪文も全部契約を切って、魔法力も全部封じる。
 つまり……オレは魔法が一切使えなくなるってコトだ」
「………。」
「でも、オレは自分が魔法使いでなくなるのは、絶対に嫌なんだ。
 だから……オレは、此処で死ぬことを選んだ」
「そんな!!」
今にも泣き出しそうな顔をしてダイが詰め寄ってくる。
分かっていた、話せば彼がどう言ってくるかなんて、分かっていたんだ。
けれど。
「なんでだよ!!これから先もちゃんと生きていけるのなら、
 魔法も呪文も封じちゃえばイイじゃないかッ!!
 ポップが元気になれるなら、それで……!!」




実際に聞いてみると、こんなにも胸に突き刺さるとは思わなかった。




「…ッ、ふざけんなッ!!」
思わずベッドから飛び出してダイの胸倉を掴むと、勢いのまま思い切り
右の拳を頬に叩きつけていた。
バランスを崩して床に尻餅をついたダイは、茫然とした表情でポップを見上げる。
だがポップはそれでも気が収まらず、尚もダイに掴みかかった。
「お前、本気で言ってんのかッ!!
 お前まで、オレの今までを……丸ごと全部、否定すんのかッ!!」
「……でも、」
「お前が記憶を失くした時も、お前がいなくなったのを捜した時も、
 お前が敵の罠にかかって死にそうになってた時も、
 オレは魔法を使えたから助けられたんだ。
 オレの中で魔法ってのは、何よりも大切なものになってんだよ!!
 魔法使いで在れたから、お前の、仲間の、皆の力になれたんだ。
 そんな大切なモンを、テメェの命惜しさに捨てろってのか!?」
「それでも!!」
ポップの言葉に負けないぐらい強く、ダイが叫ぶ。
「それでも……オレは、お前が死んじゃうのは嫌なんだよ!!
 ずっと、これから先も、ポップにはオレの傍にいて欲しいんだよ!!
 どうして分からないんだ、ポップにとって魔法がどれだけ大切か知らないけど、
 オレにとってはポップの命の方がずっとずっと大切なんだよッ!!」
「てめぇ…ッ」
ギリ、と強く歯を食いしばって、ポップは目の前の男を睨みつける。
誰も、この選択を認めてくれないと言うのか。
アバンもダイも、そして本心ではマトリフも納得しちゃいないだろう。
しかし魔法を失って、生きがいを失った自分にこれから先をどう生きろと
彼らは言うのだろうか。
「………なぁ、ダイ。
 お前にとって……オレは、何だ?」
「一番の親友で、オレが知る中では最高の魔法使いだ。
 ……だけどね、」
ポップの問いに答える途中で一旦言葉を切ると、ダイはポップの背中に手を回した。
軽い力で簡単に引き寄せられる痩身を、ぎゅっと抱き締める。



「ポップは、オレの、一番大切なひと」



だから、彼が本当に望んでいる事であればもう、これ以上は止められない。
本当はどんな手を使ってでも、それこそ無理矢理封印術を施してでも彼の命を
救いたいという気持ちはあるが、その事が彼を深く傷つけてしまうのであれば、
自分にはもう術が無かった。
「だから、ポップが本当に嫌なことなら、オレはもう言わないよ。
 ポップの命はポップのものだから、オレが駄々捏ねたってしょうがないんだ。
 でも……これだけは忘れないでくれ」
「ダイ…」
腕の中で微かに身動ぎをするポップの体には力が無い。
入れていないのではなくて、入らないのだろう。
頬を殴られた時も、驚いて尻餅をついてしまったが、全く痛みは感じなかった。
これだけ弱っていても、それでもポップの意志はひとつも変わらないのなら。



「ポップがそれを選んでしまったことで、たくさんの人を傷つけるし、
 たくさんの人を悲しませるだろう。
 それだけは、忘れないで」



そう言って、いっそ優しげともとれる笑みを浮かべたダイの瞳から、
ほろりと一粒の涙が零れ落ちた。















<続>