< Dark End. −終焉の鐘− >










目が覚めたら、見慣れない場所だった。
ゆっくりと身動ぎをすると、問題なく体は言う事を聞いてくれた。
あれほど重かった体が嘘のように軽い。
身を起こして周囲を見回せば、赤い絨毯の床に精巧な彫り物がされたテーブルと
ソファが目に入る。
自分が横たわっていたベッドも、信じられないぐらい良いものだ。
「……どうなってんだ?」
思わず疑問が口をついて出る。
とにかく状況を知ろうとベッドから下りようとした時、ひとつしかないドアが
静かに開かれた。
「え……せ、先生ッ!?」
「ああ、ポップ。気が付いたんですね」
「てことは、此処は……」
「カールですよ」
ポップの問いに頷いて返して、アバンはゆっくりとポップの傍に歩み寄ると
近くにあった椅子を持って来てそこに腰かけた。
起きようとしていたポップの肩をやんわり押して横になる事を促すと、大人しく
彼はそれに従う。
布団をかけてやりながら穏やかに笑うアバンに、ポップが不思議そうな顔をした。
「あの……オレ、どうして此処に?」
「そうですね……何から話せば良いでしょうかねぇ。
 あなたの体調が思わしくない事を知って、私が此処に連れて来たんですよ」
「え…」
「マトリフのところで、倒れていたでしょう」
「倒れたっていうか……まぁ、師匠のベッド借りて寝てた……みたいな?」
曖昧に答えるポップに苦笑を零して、アバンは子供にするかのようにポンポンと
布団の上からポップの体を軽く叩く。
「詳しい話はまた後でしましょう。
 今のあなたは休息が必要ですから、今はお休みなさい」
「あの……先生、師匠は……?」
マトリフのところに居た事をアバンが知っているのなら、マトリフ自身も
このことを知っている筈だ。
けれど、今この場にはアバンしか見当たらない。
少し不安になって訊ねてみると、困ったような笑いを浮かべてアバンは肩を竦めた。
「大丈夫ですよ、マトリフも一緒に此処へ来ていますから。
 今はちょっと出ていますけどね、すぐに戻ります」
「そう……ですか……」
ホッと吐息を零すと、ポップはゆっくりと瞼を下ろす。
だいぶ気分がラクになっているから、今度は気持ちよく眠れそうな気がする。
落ちていく意識の中で、ポップはアバンの声を聞いた。



「良い夢を、ポップ」




















ポップが眠った後、アバンは静かにその部屋を出た。
次に向かったのは階下にある貴賓室。
そこに居たのは、魔法を叩き込んだポップの師である。
「気が付いたみたいですよ、随分顔色もマシになっていました。
 次に目が覚めたら動くぐらいはできるようになってるでしょう」
「……ま、そりゃ何よりだ」
「マトリフ、あなたもちゃんとベッドに横になって下さいよ」
「此処のベッドは柔らかすぎて腰にくんだよ、やなこった」
ソファに寝そべったまま、だるそうな声音で返事をするマトリフに、
師弟共々困ったものだとアバンはまたため息をつく。
彼に関して言えば、今日で何度ため息を零したことか。
聞き分けのなさは小さな子供以上だろう。
「まさか、あなたまで倒れるとは思いませんでしたよ」
「しょうがねぇだろ、アイツの魔法力を取り過ぎたんだ。
 テメェの力量を過ぎた魔法力は身を滅ぼす。
 いつかオレはお前にも教えたことあった筈だぜ。
 ま、オレは加減てモンを知ってるからな、休んでりゃじきに治る」
「それで……ポップはどうなんです?」
「…………。」
神妙な顔でアバンが訊ねると、難しそうな表情をしたままでマトリフは
天井へと視線を向けた。
今は、絶望的な言葉しか思い浮かばない。
原因は分かるし、一時的な対処もできる。
だが、根本的な解決方法といえば、現段階では皆無としか言いようが無いのだ。
「アイツの体調不良の原因は、魔法力のでかさだ。
 自分の体に不釣り合いな程にまで魔法力が上がっちまったから、
 肉体の方がパンクしちまった」
「どうにかする方法は……無いのでしょうか」
「……その場しのぎで良ければ、マホトラで魔法力を吸い上げてやる事だな。
 けどコレにも問題がある。まず、マホトラを使えるヤツがそんなにいねぇ。
 あと、吸い取った魔法力は自分のモンになっちまうからな、やりすぎたら
 今のオレみてぇな事になる」
「確かに…私の知っている中でも使えるのはあなたしかいませんし……、
 でも、あなたがそれをやり続ける事にも賛成できません。
 大体あなたの体だって、万全ではないのですから」
「かといって、ポップ自身に魔法を使わせ続けるってわけにもいかねぇ。
 そもそも蓄積している魔法力だけでパンクしちまってんだ、それを使おうと
 するのは自殺行為に等しい」
マトリフの言うことは尤もだ、かといって、このまま放置ではいずれポップの
命が尽きるのも時間の問題だろう。
もっと根本的な解決方法がなければ、最悪ポップもマトリフも命を落としてしまう
可能性がある。
「もうひとつ……根本的な解決方法は、無いとは言わねぇが…。
 それこそ、アイツが認めるかどうか……」
「どういうことです?」
億劫そうな様子でマトリフがソファから身を起こした。
正直、今の状態のままでポップをどうにか治してやろうとしても、方法は無い。
だがたったひとつだけ、あるといえばある。
マトリフにしてみれば、それは苦渋の選択だといえるし、きっとポップ自身にしても
とても辛い決断になるだろう。
初めてポップを見た時、彼の潜在能力には驚かされたものだ。
それに反比例するかのようにポップ自身に弱さがあったために、なりゆきで彼を
鍛える事になったのだけれど、今になってそれが裏目に出るとは思わなかった。
彼は、マトリフの知る中で最高の魔法使いだ。
むしろ、魔法使いになるために生まれてきたような存在だった。
だから自分にとって、より強力な魔法を彼に教えていくのは喜びであったし、
ポップなら自分を超える魔道士になるだろうと、本心からそう思っていた。
そしてポップ自身も、そんな魔道士としての自分を誇っていただろう。
だからこそ、この選択は選びはしまい。
きっとマトリフが彼の立場であっても選んだりしない。
これは、ただ彼を大事に思う自分達の親心であり、単なるエゴでしかないのだ。




「アイツの魔法力を全て封印する。魔法も使えなくさせる。

 ……魔法使いであることを、やめさせるのさ」




静かに告げたマトリフの表情は、今にも泣き出しそうに歪んでいた。















<続>